【Side：Rietta／05　私のため、そして君のため】

「もう嫌。一歩も動きたくない」

　あてがわれた自室の、テント備え付けとは思えないベッドに沈みながらゼルダが唸る。衣装係わんこ、もといリオの何十回にも及ぶ妥協無い試着要求で、すっかり疲れ果てているのだ。
　同じ境遇のレコも、今頃似たような体勢、台詞で寝台の主になっているだろう。

「結局のところ服決まってないし。またやるんだろうなぁ、あれ……」

　枕に顔を埋めたまま一人ごちる。いつもの髪型を解いているため、身じろぐたび背やシーツに広がった髪が魔力灯を反射して煌めいた。比喩表現ではなく実際に。

「どれもいい感じの服だったんだけどねー。でもゼルダの可愛さを引き立てるには今ひとつだったわ！」
「可愛いじゃないよリエッタ」
「いいじゃん、せっかく異世界来て早々のお祭なんだし！　可愛い服は正義よ！」

　肘枕の状態で浮遊するリエッタが、そんなゼルダの頭を撫でている。幼い子供にする、いい子いい子とあやす仕草だ。

　結局のところ今回の服吟味はリオとリエッタ協議の上、購入なしという結果に終わった。
　ゼルダとレコは所謂、振り回され損というやつである。

　そもそも購入資金どうするんだ通貨持っていないだろう、という突っ込みで逃げようとしても、いつも懐に換金用宝石を忍ばせているリオ相手では通用しない。シャンテに負けず劣らず好奇心の強い性格上、珍しいものをすぐに手に出来るように心掛けている習慣。ゼルダは以前そう聞いたことがある。
　リオはああ見えて、コーデルから学んだ技術を元にした鑑定眼を持つ。彼が選んだ宝石ならば、どこの世界だって問題なく貨幣に変える事が出来るだろう。

　ちなみに、その宝石の一番の使用方法は『コーデルに何かを買うため』がダントツで一番だろうと仲間内で云われている。
　節約を重んじる妻とは、本当に正反対なわんこだ。

「お祭は別にいいけど、服は普段通りで良くない？　前の仮装祭とは違うんだし」
「駄目よー。あ、そういえばハロウィンもこの世界であるのかしらね？　もしあったらまたお菓子作ってね！」
「もー、話逸らさないでよ」

　ゼルダは首を捻って左目でリエッタを見る。少し恨めしげな視線だが、咎める色はほんの少し。
　だが枕で隠れた唇は不満げに少し尖っているのだろう。リエッタにはお見通しである。

　普段丁寧な物腰を心掛けているゼルダだが、リエッタと二人きりになると、途端に年相応の言動を見せるようになる。最も敬うべき信仰対象だというのにだ。
　だがそれは彼らが女神とその司祭という肩書き以前に、幼馴染でもあり兄弟のようなものでもあるという、複雑で、とても近しい関係だからに他ならない。

「……まあ、ハロウィンがこっちにもあるんだったらね」
「おー、やったー！」

　しばらくじっと物云いたげな目線を送っていたが、眠るように瞼を閉ざしてゼルダは息を吐いた。
　その呼気には本人が思った以上に疲れが滲んでいるが、折れたのは別にそのせいではないのだろう。

　実体を失い、世界の何事からも切り離されたリエッタは、数百年の孤独の果てにただ一人己を知覚する存在、ゼルダと巡り合った。
　その出会いは彼が乳飲み子であったためにあまり感動的ではないが──リエッタの証言によると、髪を掴まれ引っ張って振り回されたそうだ──それでも彼女の心に様々な感情を灯したことには変わりない。

　そして幼い時からリエッタの存在を当然として過ごしたゼルダも、自身の時間を彼女に費やすことを当たり前として考えている。

　神であること、司祭であること。そんなことは関係なく、ただお互いこそが最も優先すべき項目。
　だから相手のやることは、どのようなことでも大抵は許して受け入れるのが、この二人。

　つまりはこれで、いやその前の服を選ぶやり取りを含めて、彼らには日常とそう大差ないのだ。

　──参謀のシャンテ曰く、この二人はそれこそ熟練夫婦みたいなものと扱え、とかなんとか。

「その代わり、今度リオが来たときには逃げるのを手伝っｔ」
「それは駄目！　だってゼルダには可愛い服着せたいもの！」
「……。もう、リエッタの馬鹿」
「えー！！」

　だからといって、嫌なものは嫌なのは仕方のないこと。
　ゼルダは再び枕に顔を埋めながら、次回の試着攻撃をどう早期終了させるかに思考をシフトした。

　店に居た時も似たような逃亡案を練って、でも結局まとまらなかったのは考えないようにして。

司祭服の青年は背で少女をガードしている。鉄壁だ。

————————————理想————————————

————————————現実————————————

目をキラキラさせながら質問を続ける。
その後ろで大柄な女性の方が反応した。

（相手の容姿が可愛らしい少女なのに、その態度が尊大なのは自分の相方で慣れているのか、さして気にした様子もない。避ける方の身に……と言われて何やら口の中で、いやそこでおとなしく捕まってくれていればよかったんじゃ、等と呟いているが相手に言わないのはさすがにこれ以上怒らせると話にならないとでも思ったのだろうか。聴こえているので意味はないが。少女姿の女神とは逆に落ち着いた風情の青年司祭の言葉に）

（その口ぶりはまるで“他の神様を知って居る”といわんばかりであるが、半ば無意識の呟きだろう）

（そうだろうか。割に珍しいと思うが。いや珍しいものを見慣れているのだろうか。女性の言動や所作からも旅慣れている様子なのは間違いなさそうだ）

（そして、己の言動で空気が罅割れる現象と共に、少女姿の女神が明らかに怒っている様子なのに驚いて）

（追加で焼くわよー！！の叫びに、改めて耳っぽい部分を見つめつつ、何やら得心のいった顔で）

（謝ってるが、今度は猫耳っぽい部分を“角”だと認識したらしい。口から炎を噴出すとでも思って居るのだろうか。いやこの顔は多分本気だ。冗談じゃない辺りで性質が悪い。そして青年司祭の頭が溶けるとか本気なのだろうか。いやこちらも同じく本気っぽい。何より落ち着けと言ってる本人が激怒させてる自覚があるのかないのか——）

リエッタとレコ、二人が離れるのを見届けた司祭服の青年が、笑顔を深める。