ふと、星の海の中で、何かが揺れたように思えた。
　じっと目を凝らすと、揺れていたのは斜面に広がる星々の一つで、他の星のように硬質な輝きではなく、今にも消えてしまいそうに頼りないながらも、暖かな光を投げかけている。辺りに人の姿は無く、とても美しくはあるものの寒々しさを感じる光景の中に灯ったその燈火に、知らず引き寄せられていた。
　険しい道のりのさなかも、岩や段差に足を取られる事は無かった。星々が辺りの地面を照らしていた事もあるし、この身体になってからは、薄暮ほどの光があれば、手に取るように周囲の様子が解ったからだ。この目はアンジニティで暮らす中でも少なからず役に立っていた。忌まわしいことに。

　それは、コインほどの大きさしかない炎だった。芯には火種となるようなものは見えず、何も無い岩の上で、呼吸をしているかのように明滅し、時折風に吹き消されそうになりながら、その身を横たえている。異邦人の僕にも間違えようがない。サラマンダー。元素の世界に最も多く生息している12種のひとつ、炎を司るエンブリオ。
　僕にとっては、奇跡のような力を与えてくれるものだった。最初に契約をしたアニマもそうではあったものの、それよりもずっと明確な力を。

　人や獣のような形を取っていない事からすると、ひどく弱って形を保てなくなったか、明確な形や意思を持たない種類なのだろう。どちらにせよ都合がいい。こういったエンブリオは力のあるものよりも扱いやすく、エンブリオに慣れていない僕らのような異邦人には向いていると聞いていた事もある。
　そして、何よりも、意思のあるエンブリオを——「人と似た意識を持つ、人と全く違うもの」を身近に置くという事が、ひどく恐ろしかった。

　鞄から小瓶を取り出す。中にはルリアンナから渡された数枚のネクターの花弁が入っている。切り離されて数日は経っている筈なのに、不思議と花弁は瑞々しさを保っていた。続けてナイフを取り出し、刃を右の人差し指の腹にそっと当てる。鋭い痛みと共に、暖かいものが伝う感覚が走った。その血で指先に花弁を付けると、揺らめく炎へ翳す。

　突然、ネクターが燃え上がった。咄嗟に手を引き、指先を見て、唖然とした。炎が灯っている。それでいて、全く熱を感じない。——契約を受け入れた、という事だろうか。
　このまま指先に灯し続けているわけにもいかず、とりあえず手持ちのランタンの中に移しておくことにした。後々もっといい道具が見つかるかもしれないけれど、それは追々考えていこう。

スチュアートの言葉に、男は瞬間言葉に詰まった様子で

男がスチュアートの顔を何度も見つめていた

切っ先の無い剣に掘り込まれたルーンが、赤く光った。