とくん、とくん。

生命の華・ネクターが脈を打っている。さながら紅い心臓のように。
暗闇の、静まり返った森の中で、その燐光と拍動が届く範囲のみが世界の全てにも思われる。
紅の明滅に照らし出される影は二つ。一つは光源たるネクターを手に佇み、一つは地に蹲っている。
セロの眼前にあるのは巨大な狼の体躯だ。開かれたままのその瞳は、もはや無機質に光を返すばかり。
——それなのに。

どくん！

ネクターを亡骸に近付ければ、その鼓動は一際強く。
エンブリオ契約。生命力と異能性の交換。それを取り結ぶ両者が、未だに、いや今この時になって、この場に揃っているというのか。

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思えばつくづく奇妙な相手だった。
群れの結束を武器に狩りを行うはずの狼が単独で行動し、獲物とするには困難なはずのセロに物陰から視線を寄越す。投げ与えた肉には見向きもしない。
それとなく罠へと誘い、撒こうともしてみたものの、難なく見破られた上に却って袋小路に追い込まれすらした。
仕方なしに一戦交えるつもりで向き直れば、どういうつもりか道を譲られる。奇妙な鬼ごっこ。
その際に見えた姿は、どれだけ歳経たか分からない巨躯。しなやかさと強靭さを兼ね備えた四肢に無数の傷。
中には、同族間の序列闘争や下位の獲物相手ではこうはなるまいと思われる痕も多い。
眼差しに餓えによる焦燥はなく、一方で別の何かを渇望しているようでもある。それは強者との立ち会いの先にあるものか。

そこまで相手を認識した時、ネクターが鼓動を刻み始めた。
簡単な説明こそ受けてはいたが、これまで実際にその機会を得ることのなかったエンブリオ契約の時。
詳しい手順など何も分からない。ただ、それが戦って勝ち取るものであること、負ければ喰らわれるだろうということだけは理解できた。
急速に戦いの意志を固める。巨狼に笑みとも取れる表情が浮かぶ。
当座の腹を満たす為ではなく。追い詰められてやむを得ずでもなく。互いの目的を果たす為に、殺意が解き放たれた。

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そうしてセロは勝ち残った。生け捕りなどと、虫の良いことを考える余裕はなかった。
亡骸に脈動するネクターを捧げる。
この巨狼の霊が未だこの場に留まっているのか、あるいは彼らの奉ずる神が生贄を受け取ったのか。想像もつかない。
ともかく、紅い花弁が散り、契約は成った。
後日、セロの腰には狼革のベルトが巻かれていた。

自らの服を叩き、汚れをあらかた落とすとツグミの頭や顔を撫でた。……砂にまみれている。