戦いが始まって、5日目。

僕が召喚した、『我が君』と人形の人とアムルィとバケツ猫さん。
人間は僕らだけだけど、わりと危険な場所も乗り切っていた。
我が君と人形の会話には、ついていけない事が多いけど
話を聞いていないアムルィと聞けないであろうバケツ猫を見たら
僕の方が数倍ましなのではないかと考えるようになっていた。

我が君は不調だったようだけど、
前日はラルフを飛ばす感じで森の魔物を撃っていた。
調子を取り戻したのだろう。

僕から見ても、我が君は強いと思う。

この一揆の中にいる人からすれば、特別ではない。
だが僕よりはずっと強かった、当たり前だけれど。

——我が君は、僕の事が足手まといでしょうがないのではないか？

余裕のある戦いばかりではない。
むしろ、このPTはあえて危険を冒しているフシがある。
自分の価値を考えると、気になってしょうがなかった。

「我が君は僕の事、邪魔じゃないんですか？」

猫用の鎧に魚粉をまぶしている我が君に問いかけてみた。
不安で不安で押し潰されそうだった。

「僕を殺そうとか思ったこと、ないんですか？」

我ながらなんと重い話題を振ったのかと思ったが、
答えはすぐに返ってきた。

「お前を殺して何か得るものがあるのか？」

魚粉のケースを揺らしながら、我が君が答える。

「得るものって……人間ならむしゃくしゃする事もあるでしょうに。」
「では例えばお前を殺したとして、その後どうする？
　自分の世界に帰る手立ては？私の身分を保障する手段は？
　無秩序に動くのは自由だが、先が見通せないのに
　その場の感情だけで動くほど私は愚かではない。」

視線を合わす事もなく淡々とした口調だ。

「それって今、僕が足手まといなの肯定しているじゃないですか……。」
「現状はな。ただ、私とて全てが見えているわけではない。
　お前が居る事によるメリット、居ない事によるデメリット、
　何も分かっていないうちはまず安全だと理解していい。それと。」

ケースを荷物箱の上に置く。
僕の前に移動して、その場に腰を下ろした。

「小僧、良く聞け。危険度というのは『能力』と『意志』の乗算なんだ。
　『能力』と『意志』が合わさって初めて本当の危険になる。
　『能力』があっても『意志』がなければ襲われる事は少ないし、
　『意志』があっても『能力』がなければそれは危険に値しない。
　『能力』も『意志』もない奴なんて考慮に入れるな。
　それがリスク管理の基本だ。」

そう言って、僕の右肩に手を置く。

「安心しろ、私にはお前に危害を加える『意志』がない。」

我が君の口元が綻ぶ。

「『意志』があるかどうかなんてわからないじゃないですか。」
「まぁそこはメリット、デメリットだ。
　さっきも言ったろう？お前を殺しても私には得るものがない、と。」　

肩に置かれた手が、僕の後頭部を掴んだ。

「どうせ『足手まといじゃない』とか『役に立っている』とか
　そういう都合のいい言葉が欲しかったのだろう？
　甘えるな。自信が欲しければ実績を上げろ。」

僕は表で戦わないのに無茶を言う。
ただ我が君の言葉に、棘はないと感じた。

◇◇

「そういえば危険度の話なんですが。」
「なんだ、まだ愚痴が足りんか？」
「違いますよ！『人狩り』の話です！」

『人狩り』の言葉を聞いて、我が君の動きが止まる。

「僕だっていろいろ大本営に行った時話しを聞いているんですけど、
　『人狩り』が出るって噂があるんです。
　仲間を襲う人たちがいるって。本当ですかね？」

我が君は暫く止まった後、手を引っ込めた。

「……可能性はなくはない、この組織に忠誠の義務はないからな。」
「ないんですか！？」
「ない。そういう規約が登録書類になかった。
　ただ、5日目までは警邏を厳しくしているとも書いてあった。
　予想以上に大本営は、私達を監視しているのかもしれん。」

いつになく厳しい目だ。
その時、近くで酒を飲んでいたスカーレットが近づいてきた。

「ヒッヒー！いいじゃねぇか『人狩り』！
　俺達も予想以上に上手くいってるんだ、
　虫ケラをgangbangして楽しくやろうぜ！！」

我が君の眉間に皺が寄る。
普段はスカーレットの言い回しにも動じないのに、何かあったんだろうか。

「……私は反対だ。」

膝の上で拳を強く握る。

「いろいろ苦慮して、やっと状況が好転しつつあるのは認める。
　もしかしたら私達は有利な場所に居るのかもしれん。
　だがな、因果というものは必ず巡るものだ。」

語気がだんだん強くなってきた。
我が君にしては珍しいと感じた。

「強ければ何をしてもいい、そういう考えもあるだろう。
　ただ思想を持つ生き物は、ハード面だけで成り立っているわけじゃない。
　物事の道理、倫理、このようなソフト面は形にはできないが
　複雑に作用して世界というものを構築している。」

そう言って、立ち上がりスカーレットの持つ酒瓶を取り上げる。


「ハード面ばかり融通していると思わぬ反撃に合うぞ、必ずな。」


取り上げた酒瓶を大きな音を立てて
スカーレットの前に置いた。中身が大きく揺れる。

「チッ、これだからBITCHは貰い手がねぇんだよ。」
「酒の廻る頭に風穴を開けたいか？」

スカーレットが露骨に舌打ちをする。
バケツ猫が気遣うように一言鳴いた。

◇◇

バケツ猫の声を聞いて、我が君の表情が急に明るくなる。

「バケさん、ここにオイル漬けのツナ缶があるんだけど食べる？」

猫しか構ってくれない40過ぎのおばさんみたいだ。
我が君、40代では流石にないと思うんだけど……。

「にゃーん。」

可愛い声でバケツ猫が返事をする。
すべて計算ずくに見える僕はどこか穢れているんだろうか。

「我が君、餌付けはやめてくださいよ！太るじゃないですか！」
「……。」

いつもは頭いいくせに、
バケツ猫の事になったら途端に甘くなる我が君にくぎを刺す。

「HAHAHA！見ろよ、男日照りでついに猫にまで手を出しやがったぜ！！」

スカーレットは指をさして笑っていた。
アムルィは言葉を出さない。彼女の口が動く所を見たことがなかった。

いつも通りのいつもの日常。
朗らかな筈なのにな……と、山岳の地図を広げながら
僕はため息をついた。


To Be Continued......

アムルィは質問に答えるでもなくただたたずんでいる．

山道に看板がポツンと立っている
『作製依頼募集中ニャ。詳細は取引掲示板へGo!!ニャ』