「前からおもっていたのだけれど」

飯を食った後に、後片付けをしている自分に声を掛けてきたのは人魚の男。
その言葉に耳と顔を向けつつも手を動かすのは止めない。
それは人畜時代からの癖のようなものだった。

「そろそろ服をきたらどうなんだい？」

その男の口から出た言葉に思わず手も止まった。
二人の間を沈黙が通過する。
それを破ったのはカタリナだった。

「服…上着の事ですの？」
「そう。そうだよ。なぜ君は上着を着ないんだい？」

何故。
と、言われても。
理由を探そうとして自分の手が止まっていたのに気付く。
使っていた鍋などを片付け、近くで取れた木の実を器に盛る。
一人分しかないそれは当然のようにカタリナの前に置いた。

「僕のぶんは？」
「それだけ。ない」
「一緒に食べましょう」

少ししかない木の実をカタリナは器用に四等分する。
アジは喜んで口に放り込み、その旨さを噛み締めている。
自分は差し出されたものに首を横に振り「味見、食べた」とだけ言った。

「ふく」

優しい手つきで動くカタリナの手を見ながら思い返していたことを呟く。
はっきりとは思い出せなかった、随分前の事。

「上、着てた。前」
「君はあついところから来たのだっけ？」
「暑い、だけど、他服、着てた」
「君だけきていなかったの？」
「そう」

初めの頃はちゃんと上も着ていた。
かちがどうのと言われた気がする。
ドニィの所でも服を貰った。
それは覚えている。

「コレ、大きい。早い、大きい。服、すぐ、着れない。なった」
「…まぁ、そのしんちょうだものね」
「だから、服。ない」
「貰えなくなったって事？」
「ああ」

最初の頃はウィミノイウェーブの日差しに肌が焼けてえらい目に会った。
アウが水をかけてくれた冷たさを今でも覚えている。
普段晒される事のない背中を一日で急激に焼いてしまったせいだろう。
まるで火でも出ているかのように暑かった。
折角かけてもらった水もすぐに乾いてまた皮膚が突っ張るのだ。
服が一枚ないだけでこんな事になるだなんて思わなかった。
だがしかしそれも次第に慣れて、その内上着がないのが当たり前になった。
その分を回されたのかどうかは分からないが、きちんとズボンだけは支給された。
それも日々の動きに耐えられずすぐにボロボロになってしまった。
その内に体の成長が止まってきたのだがそれでも最後まで上着が支給される事はなかった。
自分も上着がない事が普通になっていたので何の不満もなかった。
だから今まで上着を着なかった。
ただそれだけだった。

「でも街に行く時に少し困りますわよね」
「さすがにね。ひとが多いところにでられるかっこうじゃないね」
「でもラァギットがいなければ荷物が大変です」
「いちばんの力もちだものね」

いつの間にかケチェもカタリナから分けられた木の実を食べ、一休みしていた。
自分は空いた器を水ですすいで手頃なところに立てかけた。
アジとカタリナは二人で色々と話をしていた。
その話を聞き流してその辺に座る。

「じゃあそうしようか」
「ええ、そうしましょう」

二人で何か合点がいったらしい。
にこにこと笑いあう二人はその表情のままぐるりと自分を見た。
一糸乱れぬ動きに体がビクンと跳ねる。

「君にわたしてあるお金があるだろう？」
「それで服を買いましょう」
「…だれの」

「「ラァギットの」」

見事にハモった言葉にラァギットの思考は一瞬停止する。
しかしすぐに首を横に振った。
別に今までなくても平気だったのだ。
これからも着なくて良いと判断したからだった。
だが二人は折れない。
頑として服を買うべきだと語りかけてくる。

「まえに街のけんぺいさんに止められただろう？」
「ああ、服。ないか？言われた」
「いちいち説明するのもめんどうだろ」
「いや…」
「めんどうなんだ、めんどうなんだよ。ラァギット」
「え、いや」
「だからふくを買おう。君の、上着を」

別に欲しくはないんだが。
そう思ってカタリナに視線で助けを求めるが「良い案ですわね」と取り付く島もない。
ケチェにいたってはすぐ近くにはいるのだろうけれど、自分の視界の中にはいない。

「ケ、ケチェ。ケチェ、も。上ない」
「ケチェはくびかざりがあるし羽もある」

確かにあの羽があれば上着を着るのは困難だろう。
それを思えば自分には羽もないので上着を着るのは極々簡単な事だった。
それ以上の言い訳は自分の頭で考える事が出来ず、ただ二人の意見に頷く事でしか解放して貰えなかった。

次の日早速街へと送り出され、だからと言って食料品の店しか知らないラァギットは以前面識のある「商人」の所へ向かった。
が、その商人は「宝石商」だったので服は取り扱っていなかった。
だが親切な事にその宝石商はラァギットサイズの服を安く売っている店を教えてくれた。
礼を言いすぐさま通りを一本入ったその店に向かった。



◆　◆　◆　◆　◆



「戻った」
「おかえりー」
「おかえりなさい、ラァギット。服は買えた？」
「ああ」

紙袋を一つ抱えて戻ってきたラァギットにカタリナが駆け寄ってくる。
街から戻るついでに摘んできた木の実は昨日よりも少しだけ量が多かった。

「どんなふくを買ったんだい？」

興味津々、と言った様子でアジが覗き込んでくる。
その言葉にラァギットは抱えていた紙袋を開けて中身を取り出す。
中からでてきたのはシンプルな生成りの素材で出来たもの。

「これ、は…」
「ラァギット…」
「（ふん、と鳴らされた鼻息）」
「買う、した。新しい」

その手に握られた生成りの素材。
それは明らかにズボンの形をしていた。

「上着を買えって言ったよね？」
「別に、いる、ないから」

丁寧にそれを畳みなおし、紙袋に収める。
今履いているものが擦り切れたらこれに変えよう。
そう思いしまいこむ。
その間もアジが「なんで上着じゃないんだ！」とか「むだな買い物はしないでおくれ」とか「ただでさえお金がないんだ」とか言っていたが全部流した。
全部流してラァギットは料理の準備に取り掛かる。
道中考えていた料理を作るべく、材料をごそごそ取り出した。
そう言えば服を売る商人が「一度洗濯した方が良い」と言っていた。
なら料理を作り終わった後川で洗おう。
ついでに他の人のも洗って干せばいい。
ふと見上げた空に雲ひとつないことを確認して、ラァギットは肉に包丁を振り下ろした。

PSが手に入れづらい、というアジの言葉に眉をしかめ