既に日は落ち、辺り一帯は夜色の帳と、淡い月明かりが覆っていた。
僅かに離れた丘の向うには鬱蒼とした木々が立ち並び巨大な闇の塊を作り上げている。
森林地帯へと脚を伸ばすことに決めたオレ達は、平原と森林の境付近、比較的見晴らしの良い場所で夜営を取る事にした。
この場所ならば、森林からモンスターが襲ってこようと早期に気付ける筈だ。
また、幸いにして平原の戦闘で狼型のエンブリオとも契約できた。コイツも番犬代わりには使えるだろう。

「どうやら、この世界での戦闘には大分慣れたようだな？」

「まあな、森林地帯で出没する敵は平原より手強いと聴くが
　ま…他の冒険者達の情報から察するに、明日もまずまず妥当に勝利出来るんじゃないかな。」

　例によって話しかけてきたイシカリの問いに軽く頷く。
最初の内こそ、少々戸惑ったエンブリオに力を借りる戦闘法だが、既にコツは掴みだした。
後はどの世界でも同じことだが、挑む相手を見極めつつ、勝利を積み重ねて行くだけだ。

「そいつは結構だ。アンタを選んだ甲斐があるというものだよ。それに仲間も頼りになるようだしな。」

「少なくとも、脚は引っ張らないようだ。」

　オレの言葉を聞いてイシカリがクククと笑った。

「良く言うよ。"否定の世界"での知り合いを見つけたと連れてきた子もいるじゃないか。
　腕前に不足が無いのはとっくに知っていたんだろう？」

「ふん。本当にオレの知り合いだったかは少々疑問だがな。」

「…？」

　オレの言葉に首を傾げて見せるイシカリ。

「確かに、顔も性格もそっくりだが、相手はオレを知らないらしい。とぼけている様にも見えない。」

「記憶喪失、というやつかな？」

「分らん。…瓜二つの別人とも考えたが、まさかな。」

「分割世界の数は無数にある。もしかしたら、違う世界には姿、性格までそっくりの人間が居るのかもしれないな。」

　オレは憮然とした表情で考え込んだ。
そんなにそっくりの人間がいるものだろうか？

「また世界に関しての話になるが聴いてくれるかい？」

　イシカリは嬉しそうな顔でオレに尋ねると、そのままオレの返答を待たずに話を始めた。

「分割世界は大昔、一つの世界だった…そんな仮説があるんだ。」

「ほぅ、そいつはオマエさんの世界ではポピュラーな説なのかい？」

「いや、どちらかと言えばオカルト話の類だな。
　しかし、全くそうとも言い切れない部分も近年は見つかってきているんだ。
　例えば、自分と全く瓜二つの人間を、違う世界で見つけたという事象は確かに存在する。」

「なあ、同じ世界でも、自分と似た人間は3人居るとか、そんな話は無いか？」

「良いから話を最後まで聴いてくれ。」

「……。」

「何故、全く同じような人間が二人存在するのか？
　環境が全く同じだった、というのならまだ分るが…世界が違えば環境も違う。それなのに、だ。
　その原因は、元々世界が一つだったからではないか？」

「……。」

「元々一つだった世界が何らかの理由で、分割して出来た無数の世界が分割世界ならば…
　全く違う世界に見える世界同士にも、根源的な部分で同じモノが有るのではないだろうか。
　そしてその中に、人間を作る要素が含まれていたら？」

「瓜二つの人間が出来上がるかもしれない？」

「そういう可能性の話だがね。
　もっとも外見などはともかく、細かい性格などは環境に左右されるとは思うのだけれど…
　それでも、何処から何処までが産まれ持ったモノなのかは誰にも分らない。」

「…そっくりな別人が出来上がる可能性か。」

「魂と表現しようか、根源的には同一の人間だとするならば、ただ記憶の有無の違いと言えるかもしれないがね。」

「……。」

「世界の事については、まだまだ分らぬ事ばかりさ。
　私の住む世界は、分割世界について他の世界より幾分多くの物事を知っていると自負しているが…
　それでも、どうだろう？ 世界の真理を知る全能者が居たとして、その者から見れば子どもの知識と同じようなものだろう。」

「別人の可能性か…。」

「もしかして、気落ちしているのか？」

　眼を丸くしてオレを見るイシカリ。

「別に、気落ちとかじゃない。ただ考えているだけだ。勘違いするな。」

「まあ、今の話は単なるオカルト的な話に過ぎん。
　最初に私が言ったように記憶喪失なだけかもしれんだろう？
　事実がどうなのかは、これから確かめれば良いさ。そう落ち込むなよ、グレン。」

「……。」

　取り敢えず、イシカリの頭にグーの拳骨を喰らわせてからオレは眠りについた。

長く息を吐き出しながらゆっくりと向き直りつつ握りを強くする

ドゥーロの持つ杖の生物的な装飾が脈動を始めた

そして癇に障ったのか質問をブッちぎっていきなり喧嘩腰である

すっとぼけたようなにやけた表情でグレンを見ているが、その瞳は笑ってはいない。
グレンの言葉を真摯に受け止めているのかなんなのかその表情からルプスの真意を量る事は出来そうにない。

そう言ってルプスは笑う。ルプスの右肩に乗っている小さな獣が首を傾げながらグレンをじっと見つめていた…

青年は何事か考え事をしている様だった。
軽い相槌が帰ってくるが、それは考えを整理するリズムの様なものなのだろう。

そう、そういえば———

少女は自分の生が終わって、死を得たあの場所で出会った青年を思い出していた。
強い意志と、溢れる向上心を持っていた青年の事を。

青年が否定の世界で出会った少女を思い出していた事を思えば、これは奇妙な瞬間だったのかもしれない。

何処までも皮肉なこの世界を象徴しているような、そんな。

少女はこんな空気が嫌いでは無かった。
だからゆっくりとその問いかけを紡いだ。

自分に取っては何の意味も無いこの行き止りの世界で、以前の自分と会った青年がなんの為に戦うのか

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

ハチェットのカバーを外す。硝子の青い目が揺れた。