遡る事、数ヶ月——

　ラ・フェニール辺境領主邸宅、その庭園で死体が発見されたとの報が入ったのは、とある正午の出来事であった。
　執事のセバスチャンから報告を受けた第一子レミール・グラン・ラフェニールは、アフタヌーンティーを中断し何名かを引き連れて現場に向かう。
　初報はともかく、仔細を聞くとなんという事はない。事件ではあるが、重大事ではなかった。

「フム。これが、報告にあった例の……」

　屋敷の本館から十分程度離れた遊歩道の横の草叢にそれは転がっていた。
　お供の何人かを利き腕で場に押し留めると、顎に手を当てながら、それに近付いて見下ろす。
　それは死体というよりは白骨死体、事件性のある遺体というよりは歴史資料的な遺物に近いと評するべき代物だった。
　そう身長が高くない男性の白骨は、朽ち果て元の姿は断片しか連想できない異国風の鎧にその全身を包まれていた。
　傍らには愛刀であったであろう武器が鞘に包まれ、転がっている。
　どこをどう見ても、ラ・フェニール辺境領で製造された装備ではなく、それどころか近年の物かも怪しい。
　それに数週間、数ヶ月でここまで死体や装備は風化しない。
　次期領主という立場上、レミールは美術品や骨董品に触れる機会が多い。その程度の事は教養から見て取ることができる。
　首級を挙げられたのか、この死体には頭部がないのが最大の特徴といえた。

「我が家に埋まっていたとは思い難いね。しかし、庭園に侵入し時代錯誤の亡骸を捨てていく意味も分からない」

　警備の厳重な領主の屋敷に忍び込むのは困難であるし、悪戯にしてはリスクが大きすぎる。
　第一発見者のメイドの話によれば、この遊歩道はほぼ毎日、使用人に使われ、前日にはこの遺体は存在していなかったらしい。

「……多発している異邦人召喚事件は、生者だけではないという事か」

　遺体に黙祷を軽く捧げ、開眼と共に導き出されたもっともらしい結論はそれである。
　屋敷に逗留している下柘植の姉妹達といい、ここ最近、異邦人がこの世界に迷い込むという事件が多発していた。
　彼はこれを何者かが戦力となりうる異界の人材を駆り集めているのか、あるいは新王に掌握されつつある精霊（エンブリオ）の不足を補う為の降霊術、あるいは召喚術の副作用ではないかと考えていた。
　その予想は一部を修正する必要があるらしい。生者以外の召喚と思わしく事例も発見されたのであるから。
　この屋敷内に、この遺体がやってきた理由は探るべきであるが、偶然という可能性も捨て切れない。
　思惟に入り込みかけた彼の意識を浮上させたのは、少女の声だった。

「……少しいいかな」

　下柘植の姉妹達——その中の次女。名前は桃。
　淡々と飄々と、あるいは超然としたさまの少女は姉妹の中でも少し浮いた存在だ。
　レミールは彼女が姉妹達の中でもっとも切れると認識しているが、その彼女が芝生の中に足を入れ近付いてきた。

「この亡骸の戦装束は……多分、ぼく達の世界の武士と呼ばれた存在だ。
　朽ち果てていて正確なところは分からないけど、それも鎌倉時代末期、七、八百年は前の過去の装具に見える。
　野晒しでそんな年月を風雨の中で凌いだとは思えないほど保存状態は良いけど」

　遺体を検分しながら、淡々と言葉を紡いでいく。

「恐らく、首がないのは敵兵に首級を挙げられたか、戦死して撤退時に首級だけ味方に持ち帰られたか……」

　武士というのは、彼女達の世界で近世まで存在した騎士の類らしい。
　読書家の知識は遺憾なく発揮される事になった。
　どこの誰なのか、そこまで正確な情報は掴めずとも断片情報としては十分な検分である。
　桃の報告をあらかた聞き終えたレミールが口を開く。

「ありがとう、桃。つまり、最近多発している召喚事件は何も君達の時間空間軸だけに限った話ではなく、無節操な幅をもって強制的に召集されている可能性が高いという事になるようだね。
　七、八百年前の遺体がこんな綺麗な訳はない。死後数年か、数十年で召喚されたと考えるべきだろう」

　それが現状追認に近い形の結論ではあったが、レミール達が召喚事件の黒幕ではない以上、それが限界である。
　召喚対象は時間軸、空間軸の二点において、かなりの幅があるらしいという新事実が分かっただけでも一歩前進であった。
　この遺体を意図的に召喚したのであれば、謎は深まるばかりであるが……。
　ともあれ、限られた情報量で結論を出すのは危険極まりない。
　レミールは抱えている理念的に理想主義者のきらいはあったが、実務面では現実主義者といえる。

「セバスチャン……ここに祠を立てて、この亡骸を弔ってやって欲しい。
　彼がこの屋敷に現れた事に何か意味があるのかもしれない。街の共同墓地に弔うというのは時期早々に思えるね。
　至急、手配の方を頼むよ。くれぐれも異界の騎士に失礼のないようにね——」



　　◇



　遊歩道の傍らに小さな祠が完成したのは数日後——。
　祠の中に祭られた武者の亡骸が、死霊術の如く動き出したのは、レミールが新王に捕われた後の事である。
　蘇った武者は、それが生来の習性であるかのように新王城に城攻めを開始する。

　その真意を知る者は、どこにもいない。