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+4+

首から提げられた硬貨が時々指向性のある光を放つことは知っていた。
あるときは近くに在る硬貨に吸い込まれ。
また、あるときには突拍子もない方向を指し示し。
そして——、全てが同じ方角を指し示す時を迎えることがあった。

漠然と、感じたのを覚えている。
硬貨が何かを示しているのではなくて。
まるで『何か』が硬貨を呼んでいるようだと。
‥そのときは、我ながら感傷的なことを考えるものだと思ったのを覚えている。
掘り下げるでもなく。
それ以降に事柄を重ねることがあっても、嗚呼、またかと思うくらいのことだった。

ヒトの会話に聞き耳を立てる趣味もなく。
またそういう場所を"イース"が選ぶことも少なかったから。
結局今日という日を迎えるまでぼくはずっと盲いでいた。

硬貨の数が増えて。
それに伴うように、ヒトの数も増えていって。
細く指し示す光はそれに伴って厚さを増していったものだ。
入った時には四を数え、気がつけば倍に跳ねて、それを越えて。
気がつけばそれは、視線を投げた先では光条となっていた。
ただ、何かあるのだろうとは思い乍らも過ごしていた。

今宵が違っていたのは、今回はそれを辿る段となったことだ。

やわらかい芝に身体を横たえるぼくらに、彼の首魁は一言だけ告げた。
合流した者全てを伴って。
何時かと同じように短く——従いてこい、とだけ。
"イース"が立ち上がって身震いして芝を落とすのも目に留めず。
数多を伴って歩く彼は珍しく幾らか気が急いているようだった。

今なら判る。
あれは、浮き足立っていたのだ。
これから起こる事を知っていたか。
或いは起こり得るかどうかを見極めに来たのか。
どちらか迄は判らない。

けれど、どちらにしても同じことだ。

集まった光。
それは天に浮かぶ灯のようだと思った端から、虫食いのように黒く穴を作っていった。
気の所為か、と思うでもなく。
それは段々と蠢きながらその容を変え、大きさをも変えていった。
じわじわと虫食いの黒はその占める処を増やしていく。
やがては半分に至り、虫食いには見えなくなり、逆転したあと真っ黒に染まるまで本当に早かったと思う。
その影の中から。
まるで羽化するように現れた、竜をも捕らん規模の蟲。

——何よりも、それが現れ出たときに。
誰よりもはっきりと。
声にそれを出すでもなくただ、その口の端が歪むのを隠せなかったコトが。
はっきりと、彼が意図する方向に事は転んでいるのだと語っていた。

‥あれが現れ出た方を"イース"がずっと凝視していたらわからなかっただろう。
どうやら専ら新しく出てきた異質よりも、それに対する反応の方が気になるらしい。
それはそれでこれまでにない刺激ではあるから、惹かれるのもわからないではないけれど。

唖然とする者。信じられない、と慄く者。
呆れたような笑いを零す者。
興奮を顕わにする者、顕わでは片付けられない程に騒ぎ立てる者。

‥おそらくぼくが表に出ていたならば見ることの出来なかった光景だろうな。
全体像に興味を抱くそぶりすら見せてくれないのは少し気を揉みはするけれど。

『入口』はどうやら思いの外早く見つかったらしい。
青髪の雌が背中を蹴られるようにして真っ先に放られた。
‥顔に驚嘆と、諦念をちらつかせているように見えたが——
それもすぐに此方からは見えない角度になり、やがて"奥"へと消えていった。
——それに促されるように他の者もちらほらと中を望んでいく。
"イース"もまた、その例外に漏れることはないようだった。
（促される？ひとりで？蹴られて？）

前方で掲げられる灯からこぼれる光だけを頼りに道を望む。
取り敢えずどうやら見た目と内部の空間にはだいぶ齟齬があるらしいことは判る。
少なくとも足元を見る分には生き物の内部という印象はかなり薄い。
満ちている空気だってそうだ。
生物の中というよりは、幾年‥或いは、それ以上捨て置かれたモノの匂いだ。
‥ヒトが残した廃墟や古城の匂い。
経年で旧くなった人工物からその香が隅々まで移り、澱み滞る空気の中に積もった埃を蹴ってかき回す匂い。

外部と内部に齟齬があることをはっきりと確信する距離、歩いたくらいで。
グリゴリは”盤”を抱えた侭、イースの首に下がった硬貨を毟り取った。

それから彼が、幾らかの人間と共に入っていった部屋と。

イルラから託されて首にさがるがままだった硬貨のことを、ぼくらはまだ未だ知らない。

わかるのは、二つだけだ。
ひとつは、『マァムブ』は黒に埋もれて眠っていたときとはもう違うということ。

ふたつは、それのもたらす恩恵が、
更に身体を歪ませる程のものであるかもしれない、ということだ。

※キャラとして解読は完了しているようなので予め日本語訳で送ります
※其方も該当台詞内は【】で括ってくださればそのように受け取ります。
※そのまま続行して翻訳して送っていただいても構いません。


びっくりした。
本当に、びっくりした。他に誰も居ぬ場で不意に話しかけられた、まではそう驚く事でもないが。
ギルド内、唯一対話は永久に無理であろうと思っていた獣の姿をした彼が、よりにもよってこちらの言語を、不完全ではあるが理解し、語りかけてきたという事実が。
それは表情にも現れているだろう。最後の一言が終わるまで、何だか呆然としていた。
名前を、言われて。ようやく、はっ、っとなり。

少し言葉を選ぶように。出来るだけ言葉の一つ一つを区切って慣れない言葉を駆使する、聞き取る、そんな相手に伝わりやすいようにと。
多少会話としてはぎこちないものになってしまうが、それでも、通じないよりずっとマシ。

イースの生肉を貪った後、ふと、今切り取ったばかりの断面を見て、独り言のように漏らす。

ヘクターはいまいち要領を得ない返答に首をかしげつつ、
無邪気なその竜の様子を微笑ましげに見ていた。

やれやれ、といった様子で手を竜の頭の方へ伸ばす。
抵抗されなければ額あたりを撫でるつもりだろう。

竜種の様を見て小さく、クスリと笑い。

更にもう一つの赤い果実、りんごを放り投げて様子を見。

はじめは匂いを嗅ぐところから、あとは雪崩るようにがっついた。