新しいエンブリオ、マーメイドと契約した……のだけれど。
　この子——ウィスタリアがまた強情で、えらく骨が折れた。
　エンブリオには個人的な契約の印に、ハート型水晶の片割れを渡しているのだけれど、彼女にはそれがお気に召さなかったらしい。
　「こんな欠片よりあなたの着けてるアメジスト、どれか寄越しなさいよ」と来た。
　……流石にコレばっかりは譲れない。スペアはあるけど、いつ次が手に入るか分からないし……。
　結局、媒介用にと取っておいたアクアマリンのうち、一つを渡さざるを得なくなった。
　何故かカメリアはずっと不機嫌だし……ちょっと先が思いやられる、かも。
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　世界は、無数の光の層からできている。
　光の層は情報を孕み、情報は最上層のそれを青写真として枝葉のように下層まで広がり、最終的に最も下の層——現実の、物質世界に反映される。
　層には様々な種類がある。火の力の層、水の力の層、地の力の層、風の力の層。
　或いは生命力の層、記憶の層、魂の層。
　そして、未だかつて誰も到達した事がないとされる最上層。
　それは真理であり、虚空であり、尾を噛む蛇であり、それぞれの世界の「設定」である。

　これは私が使っている「LaWSys」の、最も基本的な世界の捉え方だ。
　注意しなければならないのは、これはあくまで世界に対する「解釈」であって「世界はこういうものだ」という定義づけをしているのではない。
　私の「先生」はこのLaWSysの発見者で、第一人者だ。彼は世界を情報の層の集まりとして捉え、それぞれの層に固有の波長があることに気がついた。そして、それらに共鳴する波長を持った鉱物を媒体にする事で、任意の層の情報に干渉できる事にも。
　世界を構成する情報に干渉できると言う事は、世界そのものの有り様に干渉できると言う事だ。
　勿論すぐに世界による情報の修正が働いてしまうので、効果は一定時間しか持たない。しかし先生はこれを新しい魔術として提唱し、より長い時間の情報改変をめざし、そして最終目標である「最上層への到達」を達成すべく、現在も研究を続けている。

　ただ、現時点でこの術の利用者は数えるほどしか居ない。何しろ新しい術なものだから未知数なところが多過ぎるし、使えるかどうかは個人の適性に大きく左右される。
　そもそもLaWSysを使うには「層」をある程度感知できるようにならなければいけないのだけれど、コレには「世界に対する認識の枠そのものをLaWSysに最適化させる」とかいう訳の分からない行程が必要で、催眠術や自己暗示等を使って行われていた。
　それともう一つ、更に術者を混乱させるのが「鉱物そのものにならなくてはならない」と言う事だった。
　とにかく自分の存在を希薄にして、自分の心身が透き徹り、媒介の鉱物と一体化になったつもりで術を扱え、と言う事だった。それぐらい純度の高い集中を必要とすると言いたかったのだろうけれど、ここに関しては私も未だに良く分からない。

　ただ私は、たまたまそれらが上手く行った。
　私の家は（系統は違ったけれど）魔術に携わっていたから、私にもある程度の「勘」はあった。だから層の感知や視覚化自体も比較的すんなりできた。
　そしてこれは自分でも意外だったのだけれど——「鉱物と一体化する」という感覚が、案外私には性に合ったのだ。
　自分の体が隅々まで透明になって、私の細胞が全て分子となって互いに結びつき、結晶化し、受け入れた光を情報に変え数多のファセットから放出し、世界に放つ。
　或いは媒体が不透明な石であれば、結晶の隙間に光を閉じ込め、咀嚼し、飲み下し、多種多様な色や模様として体の表面に貼り付けて、情報を示す。
　そのいずれもが私を陶然とさせて、一種のトランス状態に陥らせた。その感覚が私は好きだ。
　今は自分で決めた『呪文』を唱える事で、ある程度任意のトランスと情報改変を行えるようになっている。

　分割世界を移動できるようになって一番安堵したのは、この世界解釈が大抵の分割世界では通用すると言う事だった。
　勿論、細かな情報設定については調整が必要だ（例えばメルンテーゼにおけるエンブリオのような）。
　それでも、何もできなくなってしまうより遥かにマシだった。




　私が何故こんな、分からない事だらけの術を学ぶ事にしたのか。
　理由は大まかに分けて二つ。
　一つ。私の実家の扱う魔術に頼りたくなかったから。
　そしてもう一つ。とにかくその時は一刻も早く、力を手に入れたかったから。
　だから私は、一番近くに差し出された手にしがみついた。それだけ。

後半の方はぼそぼそと小声になった。