川辺で出会したモンスター──と言うより、マーメイドと言うべきなのかも知れないが──は、人と契約していないエンブリオだったらしい。
それを見掛けで、どう判断したのかは分からないが、ルカは戦う前から気付いていて、戦闘が終わろうとした時、ルカが、そのマーメイドに対して契約を持ち掛けた。
命の花、ネクターの赤い花弁が風に吹かれるようにマーメイドを包んだのは一瞬、花弁と共に、マーメイドの姿は見えなくなった。

あっけなかったと言うより、何が起こったのか、よく分からないうちに終わっていた。

この世界に住む人間なら（人ではない種族も沢山居るようだが）、エンブリオとの間に交わされる契約について、詳しく知っているかも知れない、と、思う。

知りたいと思った。

エンブリオと契約するくらいなら、自分にも出来るかも知れないと、そう。

（せめて それくらいは出来ればいいと、そう。）


「──マーメイド？」
「��此間、お前が契約したエンブリオのことだ」

それも知らずに契約を持ち掛けたのかと気付かされ、シズが溜息混じりに教えてやる。

「あのマーメイド、何処に消えたんだ？」
「え、っと��オレにもよく、分かんねーんだけど��」
「��」

呆れた。
とは言え、元々この世界に住んでいるワケでもなし、エンブリオについて知る機会なんて殆ど無かったのだから、分からないと言われてしまえば、そこまでなのだが。

「オレに訊くより、ほら、エティエンヌに訊いた方がいいんじゃねーかな」
「アイツは駄目だ」
「だめ？」

何が、と言わんばかりの、ルカの不思議そうな、顔。
シズは僅かに顔を顰めると、また、小さく息を吐いた。

「��教えてくれるとは思わない」
「けど、ちゃんとお願いしたら、教えてくれるかもだろ？」
「確かにアイツに訊きたいことは山ほどあるけど、どうせケタケタ笑われるだけだ」

それではきっと、思う壺だ。

ルカの部屋を訪れていたシズは、窓の外へ目を遣った。
見慣れるにはもう少し時間が掛かるだろう景色を、見慣れてしまう前に、この世界から抜け出したいとは思うのだ。
良い眺めだとも思わない。
呑気に観光をしに来たワケでもなければ、一揆に加勢しに来たワケでもない。
本当は、こんな所でのんびりしている暇だって惜しいくらいなのだ。
何とかして、どうにかして、元の世界へ帰らなければならない。
どうすればいいのかが分からない。
分からないから、その方法を知りたい。
知らなければならない。
この世界について知らなければならない。
この世界に迷い込んだキッカケは、アリシアがウサギ──エンブリオを追い掛けたことが、始まりだった。
どうして彼女が、あのエンブリオを追い掛けたのかは分からない。訊いていない。
あのエンブリオなら、きっと何か知っているのだと思う。
この世界に生きる生命体なのだから、自分達よりもずっと、この世界については博識だろうと思う。

だからこそ思う壺なのだ。

あのエンブリオは、自分達の現状を愉しんでいる。
まるで他人事のように。
蜜のように甘い、他人の不幸を味わっている。

このままでは駄目だ。

彼女を、彼女の両親の元へ一日も、早く。

そうでなければ、

「──なあ、シズ」

──声に、振り返った。
引き戻されるような気がして、ルカが袖を掴んで引っ張っていたことに、はた、と、シズが気付く。
何度か呼んでいたらしいのだが、その呼び声の殆どは届いていないようだった。
掴まれていた袖を振り払うと、シズは搗ち合った彼の緑から、そっと目を逸らして。

「��何だよ」
「だから、オレが訊いてみるって言ってる」
「アイツに？」

駄目だと言った傍からそれか、と、シズが顔を顰めたが、ルカは首を横に振った。
そうして、笑って見せるのだ。

「レーヴに──オレのエンブリオに、訊いてみるよ」

彼女のエンブリオに話を聞くことが出来ないのなら、他を当たればいいのだと。

「��夢の中の、エンブリオにか？」
「それも駄目か？」
「��駄目と言うより、それ、大丈夫なのか」

シズは、エティエンヌのように姿を持たないルカのエンブリオ──レーヴを見たことが無い。
そもそも、夢の中で契約した等と言うルカの話だって、信じる為の材料が、何だか少し頼りない。

ルカはエンブリオの加護を受けて、戦っている。
だから、嘘ではないのだと思う。
それでも何か、嫌なものが拭えないことも確かだった。
目に見えないものに対する不安。
疑うことをしないルカ。
心をすり減らしているアリシア。

それから、


「ダメ元でもさ、何もしないより、いいかなって」
「��」
「��な？」
「ルカ、」

元気付けようとするような、笑みだった。
つきりとしたのは何だったか、シズは、ルカに気付かれないように奥歯を噛み締めた。
何も自分まで笑わせようとする必要なんて無いのだ。
落ち込んでいるのも、ずっと元気が無いのも、ばればれの強がりも全部、自分ではないのに。

「��シズ？」

具合悪ぃのか？と、顔を覗き込もうとするルカの肩を片手で押し遣り、黙ったまま、それを拒んだ。
もしかすると顔色が悪いのかも知れない。
やけに息苦しいのは、その所為かも知れない。
よく分からない。

「��エンブリオのことは、任せた」
「おう、任せとけ！」

明るい声音で、笑ったんだろう。
顔を見なくたって分かった。

「��少し、休んでくる」


ルカの部屋を出た辺りで、その場に座り込んでしまいそうになる足を、どうにか、何とか、動かした。
部屋は、すぐ隣た。 自室の扉を後ろ手に閉め、シズは深く、重い息を吐いて。

「��、��」

脳裏に過った、菫色の少女の言葉を思い出す。


「────アリシア、」

　飛び跳ねるように店内を駆け回っていたら、突然呼び止められた。

　そしてポポロにしては珍しく、二の句を言う間もなくルカの「言いたいこと」を黙って聞き入れる。
　あまりの突然の感謝の言葉に、開いた口がふさがらず、それじゃあと立ち去る後ろ姿をただ黙って見つめるだけだった。

　どれぐらいそうしていただろうか。そう長くはないはずだ。
　やがて、どこからか注文の声が聞こえてきて、ポポロは夢から醒めたようにはっと我に返る。

　リチェッタの床を、力強く踏み抜いて跳んだ。
　——先ほどよりも、少しだけ高く。

にべもない拒絶に少女は眉をひそめる。が、すぐ口を開き言葉を放つ

そかし、そう言いながらも少女はスカートからメモ帳をひっぱりだすと
メガネをかけたつり目の男と髪のはねた男の２つの絵に☓印をつけた

そう言って二人の顔を見ながらメモを記入し終わると言葉を続ける

そう少女はぼやきながら森へと歩いて行く
その背中には若干の哀愁が漂っていた

過ぎ去ったはずの少年から声を掛けられて、足を止め。

振り返るより先に顔を覗きこまれたのには、虚を突かれたように目を瞬かせて。
続いて放たれた少年の言葉に、記憶の中を探すも彼の顔を思い出すことは出来ず、
すまなさそうに小さく首を振った。

肩に乗っていたイェジの口を片手で塞いで、小さく呟きを落とし。
少年が声を掛けてきた理由が気になって、問いかけ。

　一緒に行動するミハウが呼び止められれば、自然、こちらの足も止まる訳で。

　様子を見て、そんなことを思いつつ。
　新たにやってきた赤髪の少年に、視線を向けた。

　言っていることから、目の前の彼は、あの金髪の少年の仲間なんだろう。
　ちらりとミハウたちを見て、それからシズに視線を移した。

　そう問いを返し、それから、杖の先端に留まるイヌワシを示されれば、

　ウルヘアはシズをじいと見て、それから一鳴きを返した。
　視線は鋭かったが、敵意は感じられない。