ユリアの立つ位置から前方２０メートルほど離れた先には、等間隔に立てられた３本の“的”。的と言っても、それは地面に突き刺した木の枝に大きめの葉をくくりつけただけの貧弱な姿で、ひとたび突風でも吹けばたちまち吹き飛んでしまいそうな簡素な作りの代用品だ。
　その日、一行は先を急いでいた足をしばし止め、休息と称し、メゾの指導のもと未だエンブリオの力の扱いに慣れないというユリアの特訓を始めていた。

　的を前に、ユリアは意識を集中させるようゆっくりと一息つく。

▼ユリアの行動！

ソニックゲイル！！
的Aに風で小さく傾く程度のダメージ！
的Bに風で小さく傾く程度のダメージ！
的Cに風で小さく傾く程度のダメージ！
的Aに風で小さく傾く程度のダメージ！
的Bに風で小さく傾く程度のダメージ！
Critical Hit!!
Critical Hit!!
Critical Hit!!
的Cに風で大きく傾く程度のダメージ！

三つの的はいずれもへんにょりとその場に立っている！！

しばしの沈黙。

おまる１号がメゾのフードの下で不服そうに「ぴげぁっ」と鳴いた。

未熟なのは自分である。しかし何故か心のどこかで理不尽だとも感じてしまう。……何故だろう？



＊＊＊＊



　異界の土地メルンテーゼへ来て、困った事といえば通貨の違う金の事くらいだったものの、剣の腕を磨きながら『魔法』もまた戦術の一つとしていたユリアにとってそれが現状同じように使えない事はなかなか苦痛であった。考えてみれば、ユリアの世界の『マナ』や『精霊』の概念がここでは同じようには通じないのだからあたりまえの事なのだが……。
　生まれ育った地……そこが自身の故郷である事、そして己が“その世界の住人”であるという事実はたとえユリアがどこへ行こうと到底変わらないだろうとメゾは言う。変わるわけがない。変わるわけは無いのだが、それがなんだと言うのだろうか。

その時、ユリアは先日夢に見た金色の鷹の事をぼんやりと思い出していた。


＊＊＊＊



たのしいよ（」◉□◉）」

青年の様子に、少年もまさか、と思った。
この男は、自分の『瞳』の魔性を、感じ取って——

盛大にずっこけた。

聞こえた声に、男は止まる。
ここは広場だ。人など溢れ返る程いるが、男に視線を向けている者は誰一人いない。精々が通りすがりに目端にその姿を捉える程度。次の瞬間には、意識も離れている。
それでも、声はした。間違いなく、男へ向けて。
見回す。聞こえたのは後方。正確にはその下方。下ろした視線。その先に映る姿に——『赤い頭巾』に。

暫し、男は声を失った。
その間にも、『赤頭巾』は言葉を紡ぐ。
コロコロと表情を変え、小生意気な事を口走り、傲岸不遜な態度を以って男の周囲を回っている。

言葉を失っていたのは、数秒の事。
変わる表情。無言のまま、掲げる腕に握られる槍。
『赤頭巾』が、その言葉を終えるのと、それはほぼ同時に。

踏み固められた地面を、槍が抉る。その位置は、『赤頭巾』がほんの数瞬前までいた場所。
『咄嗟に跳んでいなかったら刺されていた』と、確信する場所だった。

　ただならぬ雰囲気に、とっさに剣の柄に手をかける。
あのドールは、金楊騎士が新しく契約したエンブリオだろうか？
それにしてもあの右目を覆う仮面の模様、どこかで見た事があるような……

突然ユリアの前に槍を掲げ対峙する金の鎧と、その傍らには初めて見る西洋人形。