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その、『少女の形をしたモノ』に、記憶はなにも、残って無い。

──そう、そのはずだった。

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「神よ、長閑な道が続きますワネ」

華奢な片手に大振りの錫杖を持ち、逆の手で恭しく一体の人形を抱いた少女が、てくてくと歩きながら妙なイントネーションの言葉を零した。
天の座におわす御名を呼ぶにしてはざっくばらんな、まるでその辺にいる通行人にでも呼びかけているかのようなぞんざいな言葉。
しかしそこには暖かな、まるで気心の知れた友に語りかけるような感情が響いている。
複雑に綾なす音の籠もった言葉。少女はそれを、自らの抱く腕の中の人形に呼びかけていた。
神と呼ばれた腕の中の人形は、その言葉にもちろん微動だにしない。ヒトガタというにはやや異形かもしれないが、それは精巧な人形にしか見えない。
陶器の肌に、硝子の瞳。こめかみから伸びる一対の角が異彩を放っている、黒いドレスをまとった人形。
しかし見るものが見れば、それがただの人形ではなくエンブリオであることに気づくだろう。
この世界、メルンテーゼに生きるものから見ればエンブリオは珍しいものではないかもしれないが、それを神と呼び敬っている少女の姿は、やはり少々異様に映るのかもしれない。
そもそもにおいて、その少女の姿自体が、異形と呼んでも差し支えないかもしれないものなのだ。

陽光を束ねた金の髪を、ぱっつりと切りそろえ。
金の日除けのような前髪から覗く、淡い水にも似て透き通った、青の瞳。
黒と灰色と僅かな白で統一された、たっぷりとしたフリルのドレスは、詳しい世界ではいわゆるゴシックロリータと呼ばれるものに近い。
そして世界を探るようにせわしなく動く、輝く陽光色の、ぴんと立った獣の耳と尾。

異形の少女は、異様な神を腕に抱き、ごくごく当たり前のように世界を歩く。

「それにしてモ、この世界にはけものみみ族が多いのですワ」

少女は独白のように、腕の中の神に語りかける。
確かに、この世界ですれ違う『契約者』たちの中には、獣の相を持ったものが多い。そればかりか、今までの僅かな道程の間にも実に様々な種族とすれ違ってきた。
耳と尾程度では異形と言うほどのことでもないのかもしれない。
ふと思いついたように、少女は錫杖を持った手を上げ、己の耳をそっと撫でる。

「我ながらワタシの耳は素晴らしくモフモフなのですワ」

悦に入ったような呟き。

「たとえけものみみ族が多くてモ、決して引けをとることはないのですワ。
　この前会ったあのキツネ耳のモフモフもよかったですけれド、ワタシや妹たちの方ガ──」

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その、『少女の形をしたモノ』に、記憶はなにも、残って無い。

──そう、そのはずだった──

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「……妹？
　キツネ耳と話した時モ、そんなことを言ったような覚えはありますケレド……」

少女はそこで独白の言葉を切って、僅かに首をかしげる。
脳内で、朧な影が像を結びかける。
翠と藍のきらめき。胸を塞ぐ、明確な意味を持つ存在の証。
しかしそれが具体的な形を紡ぐ前に、透き通った水色の瞳は濁る。まるで、脳内で起きたエラーによって、ディスプレイが焼け落ちたかのように。



少女は立ち止まる。まるで、機能不全を起こして、動作を停止した機械人形のように。



「……ットト、いけませんワネ。
　神よ、少しの間お待ちくださいませですワ」

僅かな間立ち尽くした少女は、眼前の気配を察して再起動する。抱き抱えていた人形をそっと足元に下ろすと、両手で錫上を握り直し、強く一閃。
輝く陽光が錫杖の先端から溢れ、それは見る間に杖ではなく大鎌へと姿を変えた。

「なにやら頭の中がモヤモヤしたような気もしましたがそんなことはどうでもいいですワ。
　神の名においてフルボッコタイムをはじめますがよろしいですワネ？」

自らの深淵を覗き込む行為を無かったことにして、少女はただ目の前の敵へと向き合う闘士の姿を取った。
軽口にも似た宣戦布告を口にして、己の意志を戦う為の機械へと塗り替えていく。



その行為がどのような意図によって引き起こされたことなのかを考えないままに。

否、考えることを許されないままに。

ふふん、と挑戦的な目つきを向けて。