「ぼく」の日記
争いはむなしい、と思います。
昔から、そう思っていました。
力がなくて、奪われるだけで、ただ諦めるしかなかったときから。
ぼくはそう、思っています。
あの兵士さんたちが、ぼくたちを虫けらと呼んだとき、少し昔のことを思い出しました。
争いはむなしいです。意味がない、ということではありません。
争いは、何かを残します。意味はあります。でも、残るものは、嫌なものでしかありません。
少なくとも、ぼくたちにとっては。よわい、いいえ、よわかった、ぼくたちにとっては。
それでも、争いは何かを生み出します。だから、意味はあります。あると、思います。
むなしいのは、失われてしまうものがあるから。
こころが、なくなってしまう。もとのかたちには、もうもどらないんです。
勝ったものが奪う、負けたものが奪われる。でも、こころだけは、どちらも失ってしまうんです。
それは目に見えないけれど、たしかにあるものだと、思います。
たしかめようのないものだからこそ、たしかにあるものが、たしかめようもないままに、たしかになくなってしまう。
それは、とてもとても、むなしい。
だからぼくは、争いはできるだけ避けたいと、そう思っていました。

でも、「ええじゃないか」は違います。
「ええじゃないか」には、その、考えるとか、何かを思うとか、そういうことがあまりないみたいで。
ただ、踊って。ただ、暴れて。行く手を遮るものを、避けて通ることなんてなくて。
きっとそれは、悪意じゃないんだと思います。壊してやろう、潰してやろう、なんて気持ちは、よくも悪くもなくて。
ひたすらに、無邪気というか。それすらも通り越して。たぶん、何も、考えてなんていない。
踊るのに邪魔だから壊すし、移動に邪魔だから潰す。それだけ。
だから今回、「ええじゃないか」はきっと、兵士さんが言った虫けらなんて言葉、聞いてもいないんだと、思います。
きっと、彼等が邪魔だから。
こんな結末に、なってしまったのだと。いえ、なったのだと、そう思うのです。

争いはむなしいと、ぼくは思います。
昔から、そう思っていました。
でも、昔とは、立場というか、立ち位置が違います。
「ええじゃないか」の一員として、ぼくはただ奪われるだけではなくなりました。
むしろ、ぼくたちが奪う側になってしまったのかも、しれません。
それでも、ぼくは争いをむなしいと、そう思います。
うしなってしまうものが、きっとあるはずだから。
だから、ぼくは。争いが、はやくなくなってほしいと、そう願っています。
もちろん、もらえるものはもらっていきますけどね。


・今日の「かみさま」
今日、「かみさま」はふわふわ浮かびながら、お札に何かを書いていました。
たまにぼくのほうをじーっと見つめてくるのが、ちょっと不気味でした。
そのあと、新しく合流した女の人の周りをぐるぐる回ったりして遊んでるのを見かけました。
きれいな人だったので、きっと気にいったのかもしれません。





「教授」の日記
「ええじゃないか」に神符の類が付き物なのは、もはや言うまでもないことであろう。
色とりどりで非常に華やかだが、この札を手に取ったが最後、「ええじゃないか」に取り込まれることを忘れてはならない。
本日、「ええじゃないか」の観察中、奇妙な札を発見。
手に取って見ることはできないため、杖を使い確保。つたないながらも、現存する文字が使用されていることを確認した。
「ええじゃないか」の現象中に発生する神符とは異なる文字が使用されており、
自由意思の希薄な「ええじゃないか」が記載したものではないかと推測される。
この仮説が正しければ、「ええじゃないか」に自我が芽生えつつあるか、もしくは行動パターンの変化がはじまっているか。
どちらにせよ大変興味深い事象であり、今後の展開に大いに期待するものである。
なお、札に書かれていた文字を解読したところ、以下のような文章と判明した。
曰く、「にんげんは　うそつき」
「ええじゃないか」が自身を人間と認めていないというようにも取れるが、詳細は不明。
現段階では結論を急がず、判断材料の一つとして封印を施した後に回収した。

人形の方がスカートの裾を摘んで、一礼して。

地面へと落ちた札を見ながら疑問を投げかける。