『面白くてエキサイトしちまったが、これ以上やると筋肉痛がな……
　ん、立てるか？ほれ、木陰で休憩しようぜ』


そう言って手を差し出したのが小1時間前。
まだ名前を聞いていないおヘソの女性と、彼女曰く“かかん”と言う笠の男性。
いや、女性の方は戦闘中に“フィン〜〜（聞き取れず）”と名前を呼ばれていた気がする。
そして、早速何かを書いているお嬢……先ほどの言葉通り、思い思いに休憩の真っ最中だ。

3人ともそれなりにダメージが蓄積しているようで静かな物だ。
自分はと言えば……主に中距離射撃メインなので割りと元気である。


「いやぁ、後一歩踏み込まれてたらヤバかったよなぁ」


ごそごそと煙草を咥え、火を着けようと……したライターを眺めながら肩を竦める。

後一歩。
煙草に火を着けようとしたその瞬間を狙ってきた一撃に、
慌ててフリントホイールを擦ってからのカウンター射撃。
あそこで決まらなかったら今頃こっちが伸びてたであろう。
お陰様で、随分荒々しくフリントホイールを回してしまった。


「さっすがに、こいつは交換出来る部品もそうねぇんだから……」


気を使って柔らかいフリントを入れてるとは言え、
フリントを毎回擦って火花を飛ばすホイールは寿命があるのだ。
勿論予備のライターは荷物に突っ込んである。
それでも、このライターにこだわる理由……。


「天国まで返しに行くって約束破ったら、向こうでも腕立て300回、ってか？」


そう、自分を鍛えてくれた教官の形見なのである。



“Dunhill サービスライター”
第二次世界大戦中にDunhill社が軍用に製造支給していたライターである。
「サービス」と言うのは軍用、補給と言う意味でこの名前となった。
スチール製のボディに簡素なパーツ……
Dunhillと言えば高級ライターのイメージがあるが、こう言った物も製造していたのだ。

形見として譲り受けた今のライターは、真っ黒な錆止めが塗られたボディのスチール製だが、
聞いた話によると、将校には純銀製のボディの物が支給されていたらしい。

着火機構は蓋とフリントホールが連動したシングルアクションであり、
蓋を開ければ同時に火が着くと言うその仕様は、戦闘中にとても有難い。
自分の場合は特にスコープを覗きながら着火したりするので、シングルアクションに限る。
そして何よりも作りが簡素な上スチール製で軽く、携帯するのに都合がいいのだ。

ただ、難点は着火の際に板バネなどの補助がなく、
着火に失敗して蓋を開けてしまうと再度蓋を閉め直すのが手間。
そしてアンティークライターの部類に入るため、壊れたら修理が難しい。

多少日常使用するのに気は遣うが、教官の使ってくれ、と言う遺言もある。
現状はデメリットよりもメリットの方が多いので重宝していると言う訳だ。


「火が着きゃ、後は好みの問題かねぇ」


形見のサービスライターで煙草に火を着けのんびりと一服。
休憩が終わったら暫く一緒に行動しようと言う話だが、まだ時間はありそうだ。
暇なのでぼんやりと煙を吐きながら、ライターの事を考え始めた……


今まで軍用ライターと呼ばれる物も色々使って見たが、サービスライター含め一長一短だ。


例えば——



“ZIPPO”
説明不要なくらいの有名なライターだが、1930年代初頭から製造されて現在に至る。
ヒンジで開閉する蓋を備えたケース、タンクと着火機構を備えたインサイドユニットで構成されている。

着火機構はケースの蓋を開け、インサイドユニットのフリントホイールを回すと言うダブルアクション。
勿論、着火の際は片手で取り出して操作は出来るが……
どうにも一度シングルアクションのライターを使ってしまうと煩わしいのだ。

そしてある意味特徴とも言えるのだが、蓋の開閉時に甲高い金属音が発生する。
戦闘行動中に無駄に自分の居場所や「今から煙草吸いますよ」的な隙を相手に察知されてしまう。

非常に多種多様な素材やデザインがあるから一概には言えないが、
軍隊に供給されていた頃の物は戦時中で真鍮が少ないため鉄で製造されていた。
この為、頑丈であるのだが重い。

このZIPPOの利点は着火性能が抜群によい事。
強風下でも安定して着火が出来るのは強みである。
そして、ケースで覆って蓋がきっちり締まるのでオイルが揮発せず長持ちするのだ。

後は、とにかく頑丈な事。
胸ポケットに入れていたZIPPOのお陰で狙撃されても一命を取り止めたと言う逸話も存在する。
自分が軍に所属していた時も、この話にあやかってか胸ポケットに携帯している仲間が居たものだ。



“IMCO Ifa （通称：トレンチライター）”
IMCO社が1920年頃に特許申請して製造を開始したのが「Ifa」と呼ばれるトレンチライター。
筒型の本体に蓋と連動したカバーと外付けのフリントホイールと言う面白い見た目をしている。
製造初期は戦時中で真鍮が不足していたため、本体の筒部分をライフル弾の空薬莢で代替していたようだ。

着火機構は名前にも由来するのだが、本体下部にキーリングが付けられる様になっており、
そのキーリングとトレンチコートのベルトループのDカン等を紐で繋いで準備完了。
ポケットから取り出して、ライターのカバー持ちながら持ち上げると、
紐で引っ張られた本体が下にスライドし、カバーに連動した蓋が自動的に開く。
そして外付けのフリントホイールを回すとめでたく火が着くと言うもの。

実際は“１．カバーor本体をスライドさせて蓋を開ける”“２．ホイールを回す”と言うダブルアクションだが、
紐を付けた事により取り出しと同時に１のアクションが起こる事で、シングルアクションに近い。
戦闘行動中に手を負傷した場合に片手で操作出来るようにと、こういった仕組みになったようだ。

ただ、片手で使えると言っても、問題は消火の時に太ももなどに押し付け
スライドしたカバーを戻さねばならず片手で操作出来るとは言っても操作性はイマイチ。

かく言う自分も、その機構の面白さと片手で操作できると言う触れ込みで導入してみたが、
行動中に紐が引っ掛かったり、意外と強く引っ張らないとスライドしなかったりでお蔵入りとなってしまった。

先の手合わせのような状況で、もし使っていたのがトレンチライターだったら……
最後の一撃を貰っていたのは自分だっただろう。

このライターの面白いところは、スライドした際にカバー上部が風防となり多少の風でも火が着けられる。
意外と合理性が高い機構なのである。
そして、紐で繋ぐ事で激しい動きをしてもライターを落として紛失する危険性が少ない事であろうか。



“IMCO SUPER”
第一次世界大戦時にIMCO社が政府の依頼で製造し、オーストリア軍の標準装備となったライター。
本体は薄いステンレスのプレス加工で、引き抜き式のオイルタンクはアルミ製。

着火機構は本体上部の蓋を斜め下にスライドさせるように押し込むと、
蓋が開くのと同時にホイールが回り着火すると言うシングルアクションだ。

大量にプレス生産されるため見た目がチープな事と、板バネで蓋が開閉しやすくなっている分
着火の際のホイールの重さが難点である。

しかし、見た目のチープさ等が気にならないほどの利点はある。
まず、本体が薄いステンレスでオイルタンクがアルミの為軽い。
そして引き抜き式のオイルタンクがまた色々使えるのである。

着火した状態でオイルタンクだけを引き抜く事ができるのだが、
タンクが自立するため地面に置いてロウソクのように使う事ができる。
更に、焚き火の火着けやパイプの火入れ等マッチのような使い方も……。

他の利点としては、野外などで工具を一切使わずメンテナンスが可能なその機構。
オイル補充もフリント交換も全て工具フリーで可能なのである。
これは実際に自分で使って見て非常に楽な点であった。
サービスライターの様にいちいちドライバーセットを取り出す必要がないのだ。（※前回の日記参照）

後は、板バネが有る事で多少ホイールは重くなるが、着火失敗時に蓋を閉め直す動作が楽だったり、
本体価格が安く雑に扱っても心が痛まないのだ。

このライターには兄弟が存在している。
一番基本の物が“JUNIOR”、これにスライド式風防を付けた物が“SUPER”、
そして本体を平べったくスリムな角型にした“STREAMLINE”だ。


「——こうやって考えると色々使ってきたねぇ」


教官が戦死して、軍を辞めるまではずっとIMCO SUPERを使用していたが、
今はその教官から最期に託されたサービスライターを使い続けている。
荷物の中の予備ライターは勿論IMCOが3つほど。


「お前さんとももう何年だ？俺とどっちがくたばるの早いか、ってなぁ……」


傷だらけで表面の錆止めも剥げてきたサービスライター。
首を傾げて親指で表面をなぞると、静かにコートの中に仕舞った。


「よっ、こらせぇ」


掛け声一つ立ち上がってコートの砂埃を払う。
物思いに浸っている間に随分と短くなった煙草を、
親指と人差し指で摘んで煙と共に口から離すと、灰皿に押し込んだ。


「さてと、そろそろ声掛けて見るかねぇ……次は川の流れてる方へ、だっけか？
　期待しちゃうねぇ、川と言やぁ水浴び、水着のおねーちゃんいっないっかなー」


鼻歌混じりに口にしたその言葉。
この時まだ、この言葉がフラグだった事に気付いていなかった……。

・°☆.。.:*・°☆。.:*☆.。練習試合を終えて.:*・°☆.。.:*・☆.。.:*・°☆

服の埃を払いながら、フィンヴェナハが近付いて行く。
僅かに眉を顰めたその顔には、驚嘆と不遜が綯い交ぜに浮かび上がっていた。

自らの胸とヘソに手を添え、場所を示して見せる。
その視線は試合前よりも念入りに、ウィルの全身を眺め回している。

　首を横に振り、そう言った。
「人探しかい？」なんて問われれば、少し、思考を巡らせて、