D - 告発 Dénonciation
　最後通牒と呼ばれるべき令状が届いてからというもの、ノタウィア・マニスにおける最後の日々はいよいよ幻灯 Fantasmagorie めいて私を浮足立たせた。私は、その令状が書簡の形をした遠隔魔法であることを知っていた。それは Bibliophilique Mana による手業のひとつで、封を切り、便箋を開き、そこに記された文字を読むことで発動するという一連の仕組みが公然と知られていた。だが Bibliophilique Mana を持つ《青目》——彼らの青い瞳を溶かし込んだような、深いブルーブラックのインクが自分の名を宛てた時点で、誰もその魔法から逃れられはしないこともまたよく知られていた。
　令状の内容は、文筆に携わる個人をパルルマンへ召喚する手筈としては最も一般的で、事務的で、酷く冷淡な活字で記されていた。魔法に掛かった私の手は、既に便箋を破り捨てることも封じられていた。私は莫迦らしい気分のままに便箋を閉じ、封筒の宛名に目を落とした。
　 ****** ******** 、そこには間違いなく私の名が青黒いインクで刻まれていた。私は、私に宛てられたその筆跡をよく知っていた。次の文字へ移ることを急くあまり丸みを失ったかのような、書くことそのものの余裕に欠けたインクの鋭い撥ね。読む者の息切れを煽るように素早く流れる筆跡はまた、“彼”の Bibliophilique Mana の表れなのかも知れなかった。
　経緯はどうあれ、私の処罰へ至る令状が彼、ジル・デュプレの署名によって届いたことは、私を少なからず動揺させた。彼の魔力が彼の筆跡を体現するのと同じく、筆跡をそのまま表したような疲弊の色を彼はいつもその痩せた頬に貼り付けていた。その昏さを色濃くしたような顔つきで、最後に面会してきた彼とどのような会話を交わしたか、私は今も思い出せずにいる。
　私が彼と仕事を共にすることになってから、どれほどの彼にまつわる悪い話を聞いたとも知れない。実際のところ、私たち二人が行っていた事業に関わった者は、みな何らかの迫害を受けた。誰が呼んだか、やがてその事業は「炙り出し」と囁かれた。彼が誘い、彼に引き込まれ、その“執筆”に関わったものは余さず反体制主義者として非難される。
　確かに彼は、私の他の友人たちと同じくひとりの実直な文筆家だった。だがそれ以前に彼は、《帝国》史上稀にみる冷酷無比さを持つ検閲官に違いない。他ならぬ彼からその事業に誘われた時点で、私とて攻撃を受けずに済む可能性を微塵も疑わなかった訳ではない。けれど——すぐさま罠と断じるほど、私たちはそう浅い付き合いでもなかった。

　私たちの事業は、名を《万象の鑑 Vos quadi 》といった。《帝国》において久しく編まれることなく、王権の陰に秘されてきた知識を体系化して形どった百科事典 L'Encyclopédie 。その完成は、暗雲のように《帝国》を覆っていた蒙を啓くための偉大な布石になるはずだった。
　結果は知ってのとおりだ。私はノタウィア・マニスを離れ、遠いメルンテーゼの地で見も知らぬ人々と戦いの日々を共にしている。それでも私はどうにかしてノタウィア・マニスに戻らねばならないと思っているのだ——どうしようもなく。私に令状を宛てた彼の真意が、そう簡単な事情からなるとは思わない。しかして私は訊き出さねばならない。そうして失われつつある絆、あるいは広がりつつある亀裂が、彼自身によって望まれたものだったとしても、私は。