「お前避けるか受けるかしろよ！」

「──ッひゃ、わ」

「おら手伝ってやっから。
　さっさと起き上がってその重そうなヤツ適当に振り回すなりしてみろって」

「え。……こ、う？　ッわ」

「…って、お前ごと振り回されてどうすんだよ！」

「……あ。……当たった」

「あ。……自滅した」


訳もわからないまま始まり終わった戦いのえむぶいぴーは、物好きな風の子。
突進を前に立ち竦む私の肩を、突風で押してくれたり、
五教科分の教科書とノートが詰まった学生鞄を、相手に向けて吹き飛ばしてくれたり。
お陰で何かに合格する事は、出来たらしい。
結局色々と尋ねる前に、二人は忙しなくその場からいなくなってしまったのだけれど。
王城に向かう途中で彼に出会わなければ、今頃複雑骨折で倒れていたかもしれない。

物好きさんから恩人さんにランクアップさせよう。
そう、心に決めた瞬間だった。


++++++++++++++++++++++++++++


「──うそ」

気紛れに眺めていた小さなディスプレイに表示された文字に、目を疑う。

『受信メール：まこと先輩』

指先の震えを、自覚する。
メールアプリを起動させる時の性急さも。
表示された文面を追う時の、食い入るような眼差しも。

だって、こんな所で。
どれだけメールを送っても、返事なんてなかったのに。

「……変わり、あるよ」

届く筈もないのに、呟きが零れた。
直ぐに返事を書きたいのに、指も目も、そこから動けなくて。
返事を約束する律儀さも、
自分の思考に歩み寄ってくれる優しさも、確かに彼で。

ずうと張り詰めていたものがひとつ、解けたような気がした。

電波の状況だとか、彼が帰れずにいる訳だとか、
あちらの世界でも目にした事が無かった、珍妙な海産生物の事だとか、
そういった疑問に辿り着くのは、もう少し後の事。


++++++++++++++++++++++++++++


あっちで良い風が吹いてる。行きたい。
そんな恩人さんの要望に応えて平原を歩いていたら、

とても不気味な人に、出会ってしまった。

モノクロづくめの男の人。
同い年ぐらいに見えるけれど、
骨と皮しかないような華奢な体付きを見ると、もう少し下にも思えてしまう。
……でも、笑顔が。声が。

まずい、と感じた。
向こうの世界でも、時々出会っていた感覚。
見ない、聞かない、思考を向けない。…知ろうとしない。
そう言ったものからの逃げ方は、心得ていた筈なのに。

「……君、一人かい？」

まるで腕を絡めて来るような、耳に残る声に、つい振り返ってしまった。

笑顔というものは、もっと友好的なものだった気がするのに。
彼の笑顔は、全く暴力的では無くて。
けれど、そう。怖いものだった。
酷く好意的な言葉の並べ方も、逆に不安を煽られてしまうような。

『迷子』という単語が出てこなければ、私はその内、逃げ出してしまっていたと思う。

自分も迷子なのだと。道案内をすると、彼は言った。
寄る辺も無く、この世界の知識も無く、探し人のいる自分にとっては、
この上なく魅力的な誘い。

まるで魔法の呪文のような名前を心で反芻しながら、
応じる為に乗せた人差し指に触れた手は、酷く冷たくて。
でも、幾度か言葉を交わしたせいか、
それが『怖い』という感情に直結することは、もうなかった。

彼の『友達』の元へと案内される頃に残った印象は、ただひとつ。

──心配はいらないけれど、敵に回しては行けない人。

だからきっと、大丈夫なのだと。
そんな漠然とした勘を、今は信じて。

2013/0X/XX 09:12
From 柊　魔異
To 有城　冬花

届いて、いるんだよな。
メール見たよ。俺は生きてる、あの写真にもくすりときたくらいには元気だ。
そっちはどうだ？　『機関』は、悪さをしてはいないか？
少しでも早く花凪に帰りたいが、まだやらなきゃいけないことがあるんだ。
もうちょっとだけ、待っていて欲しい。

　沈黙する。眼に入ったものを認識して沈黙する。
　狼は良い。あの粘着質なのも、すでに一度見ている。『そういうものである』と、青年はこの世界を訪れてからの出来事で経験し、学んでいた。——が。

　青年は、ゆったりと笑んだ。

　青年は、人面のそれを、とりあえずは、食物として、認識した。

　潰す方向で行く事になったらしい。

じい、と目の前の其れを見る。
少なくとも自給自足の生活では見た事が無いものだ。

ルドも食材だと認識しているようだし。自分の知識が足りないのだろう。
作って欲しいと振られたと言う事は、食材と言う事だと、認識した。

にこり。笑顔で尋ねた。

視線を外すタイミングを、うっかり逸してしまった。
これはこれで、別の意味で怖いと感じる笑顔だった。

無表情の背後に、雷めいた衝撃が落ちる。
三者三様の笑顔を代わる代わる見ては、数秒の沈黙。

毒された瞬間だった。

　やってみる方向で行く気らしい。

皆を振り返り、問う

そこからはたと、顔をあげて。