風が吹き抜けていく。
木の根本、気配が離れれば片目だけ開けてノンを引き止める。
それで止まれば御の字、興味が強ければ強いほど止まらないから、時々起き上がって止めに行った。
これだけ多くのエンブリオ、多くの人間がいると、このちび妖精を縛り付けておくのは難しい。

でか耳フードのとっぽい奴とか、耳じゃなくてリボンのでかい奴とか、ちびが向かっていったのも、こっちにやってきたのも様々だ。

明らかに人間じゃないのにも絡まれだせば、寝ているどころじゃない。
一息ついて周りを見渡せば、ねばねばした緑色のアメーバだの、じゃがいもの塊と戦ってる奴だの、まあ盛大なことだ。

じゃがいもっていうのは、あの茹でたら皮を剥いてグニグニと潰すやつだよな？
ならあれはじゃがいもではない。俺は認めない。
あの奇妙なマッチョから目を逸らすことに決め込んで、ノンの手綱引きが仕事になり始めた頃、青髪の二人組がやってきた。
赤玉、緑、黄色の玉。ひょいひょい手の中で遊ばせていたら、大道芸でもするのかと聞いてくる。

止めに来たでかい方の女に同類の匂いを感じながら、迷惑はかけられていないと首を振る。それと同時に、人形の方の問いも否定した。
大道芸はしない。それに間違いはないが、あのラルフだとかいう奴に力試しをされておきながら何も動かず傍観を決め込むのも面白くない。
周りに戦っている奴もいるくらいだから、俺もおっぱじめても構わない——そう思えば、にぃと口角をあげる。

そうして爪先にゴムをかける。殺気を察したのか飛びかかってくる黒猫に、狙いを定めて指を緩める。
魔力弾が幾度ケット・シーを撃ったか、エネルギー波に焼け傷ついた身体に向けて、濃い赤のリングを射かけた。

狙い撃つ。赤は特別だ。からりと揚がったコロッケに、メンチカツ。留めるゴムはいつだって赤で。そしてこのメルンテーゼで、赤はもっと特別だ。
指先に意識とエネルギーを集中するイメージ。煌々と赤く輝くそれが黒猫の身体をとどめとばかりに撃った、瞬間。











ひときわ大きく伸びたゴムリングが、しゅるりとケット・シーの首元に吸い付く。
誂えたようにぴったりの赤い首輪が契約の証となって、黒猫の身体をころり丸いスーパーボールに変えてしまった。
黒い玉を高く放り上げ、掴み取る。

自分の力は見せた。
これでビビるようならお互いにやり合うことそのものが無駄だろうし、逆に小馬鹿にされるようなら、刺激しないほうが得策だと判断する。
探り半分で手を差し出すが、どうなっただろう。



どちらにせよ、彼らと行動を共にする予定はなく。今は別れたほうがよさそうだ。
あんまりに人の多すぎるところも動きにくいと、せせらぎの聞こえる川辺へと、人の間を縫い進んでいく————

さらさらと流れる水の音。
やはり人も多いが、庭ほどではなさそうか。

ノンがくるくると水面の上で旋回している。

近づいてきた小さな子に、ぼくはちょっと瞬きした。

フードの耳に手を伸ばされて、避けるのも、ってじっとしてる。

立て続けに言われて、きょとんとする。

ボールをぽんぽんしてるこのひとは、……戦いたいの、かな。

背負っていた祭具を下ろし、彼を見る。

よろしくお願いしますの前に自己紹介して、ぼくはにっこりした。

にげだした