王を討つかの覚悟を問われた。

自分が傷つく覚悟はあったが、「他者を傷つける覚悟は持ってきたのか」。
改めて問われると、はっきりこうだとは答えきれずに、一度言葉を失う。
この人は改めて確認しておきたいのだろう。
自分の覚悟のほどと、そして、一揆に参加する目的を自分が自覚しているか、ということを。

現在は協力的だが、一揆へ向かうことへ最後まで反対していたのはカリンカランだった。
自分の身を案じてのことだろうとはすぐに分かった。自分のこの身は、治癒能力が極めて低い。
擦り傷の一つでも作れば、一月後でもその傷は赤く滲むまま。
回復に関する術や加護を覚える前は、草むしりや害虫駆除にも、随分苦労したものだ。
それに加えて輸血も出来ないときた。
ただの女ということでさえ、争いに参加するべきではないということは分かりきっているのに、これはもう、戦場に出ることそのものが、ばかばかしいと言っているようなものだ。


それでも心臓の契りは、花園を守れと意識を動かす。


カリンカランは優しい。少し、優しすぎる。
自分の記憶にもし、母親という人がいるならば、こういう人だったのかもしれないな、とも思う。
彼女は未だに納得していないのかもしれないし、今後彼女を納得させることは難しいんだろう。

それでも、迷いながら進むことはいけないことなのか。
そう感じる自分も、これを主張だと思っている自分も、随分幼稚なものだなと感じられた。

わからない、なんて言えば、叱られるかと思ったが。
それでもカリンカランは動じることはなく、相変わらず自分の話に耳を傾けてくれる。
ああ、この人はこういう人だったな。

ここまでが、主張。
ここから少し、違った内容を話すのだということを伝えるために一旦間を置く。

整頓の追いつかない自分の頭を、少しでも落ち着けるためにも。

二度、三度、カリンカランは考え込むようにふむ、ふむと頷いてみせる。
そして、アジュガの耳の上あたりを、ぺたぺたと撫でた。
彼ら妖精の容姿が一人ひとり違うが、彼女の手触りは、芋虫のそれにも近しい。
すべすべとしたやわらかい皮膚の感覚が、どこか心地よく感じられる。

アジュガの肩からするりと降りると、羽ばたきをはじめ浮上する。
ちょうど目線の高さを合わせる位置まで上るとその場で静止し、いたずらっぽく言ってみせる。

安心させるような口調で、アジュガに語りかける。
と、次はこほんと一つ、咳払いをして。

そう言って、にこりと微笑んだ。

目の前に広がるは、砂の山。
変わり果てたあの場所と同じような、砂礫の台地。

改めて認識する、ここを花園へ戻すには、傷つく覚悟よりも、勝つことが必要なのだと。

ぶらつく私の目に入ってきたのは、綺麗な紫色の髪をした女性。
紫色は好きだ。優しいそれも、深いそれも、辛辣なそれも。

だからだろうか。いつのまにやら、私はその女性に近づいていた。
話し相手を決める理由なんてそれくらいで良いかと苦笑を零し、私は声を掛ける。

間近で見ると、この女性は非常に線が細いように思える。
若干声に不安か疑問が混ざってしまったのは、そのせいだ。
とても『戦い』に関係しそうな人だとは、思えなかったから。
でも、こんな場所にいるという事は、『そう』なのだろうか。

　言うと、スカルは手渡されたマドレーヌを齧る

カリンカラン、そしてアジュガの二人の言葉を聞いて
ホッとするような溜息をついた。

何が狙いなのかも、よくわかりませんから……。
そう、曖昧な苦笑をすると改めて二人に礼をした。

少女は少しだけ、憂いを帯びた笑顔で言った。

（とまぁそんなことを考えながら。駆け寄ってきたあなたに返事もせず、覗き込んできたあなたの顔を見詰めながら、なされるがまま呆けたように回復魔法を受ける青年。見惚れていたというには少し違うかもしれないが、回復魔法が終わったしばらくもそう見詰めていたのだから、誤解されても仕方ないのかもしれない。）

（レンツと名乗った青年は鼻をこすりながら立ち上がると、手袋を外し右手を差し出してきた。
無色ゆえに万物の色を映すような銀髪が風に揺れ、あなたに笑いかける。）

（そんな風に快活と笑う青年。先程といい笑顔の絶えない彼からは、底抜けに明るく前向きな印象をあなたに与える。……しかしあなたの興味はそこではなく、別のところに惹かれたのかもしれない。そう、彼の言った“珍しいエンブリオ”のことだ。）
（もしかしたら青年の言う“珍しいエンブリオ”とは、今のあなたの心臓であるそのエンブリオを指しているのかもしれない。）

最初は何に誘われたのか分からなかった。
ただ自然に視線が動き、遅れて風に髪が揺れて、そこで初めて諒解する。

誘われた香りの主へ、不躾な言葉を問いと投げた。

首根っこを掴まれたままぶらんぶらんとカリンカランを見やり。