チリンと鳴る風鈴の軽やかな音。直後、喉がヴゥウと呻き声で震える。
ゼロ距離で鼻をくすぐる藺草の匂い。
ゴロり、と寝返りをうつと、木組みの鍼の天井が見えた。


「あつい……」


開かれた窓の向こうから来る竹林を揺らす風が、わたしの呻きを瞬時に掻き消す。
竹林の中の庵。
どこか懐かしいような、それとも初めて見るような。不思議な空気の入り混じったこの場所は、竹林の外で見かけた黒ずくめの男の後を着いて歩いた先にあった、男の拠点だった。
屋敷の中は外とは比べ様が無いほどに涼しかったが、それでも身体は放熱が出来ていないのか火照るばかりだ。その為、先程からしきりに冷たい部分を探しては、ゴロゴロと転がって身体を冷やしていた。


「……イオは暑さによわいのかなぁ……」


ボーっとする意識のまま独り言を呟く。
何も記憶が無いが為に、わたしは自分が何が好きで何が嫌いなのか、何が得意で何が苦手なのかを知らない。
マザーが言うには、記憶の欠如のせいで「人格」そのものがまだしっかりと形成出来ていないらしかった。
それでも、暑さに弱いという事はほぼ確実なんだろうなぁと動かない頭で考える。

「だめだ…もうここあつい…」

何処を転がっても温くなってしまった畳から逃れる為にのっそりと立ち上がって、部屋を抜けて廊下へ出る。
ひんやりとした木の質感が足の裏を刺激した。


「ここ、きもちいいや」


そのままペタンと倒れこむ。暑さの為なのかどうかは分からないが、どうにも眠たくて仕方が無い。
目を閉じて、何となしに耳を澄ませば、あちらこちらから賑やかな音が聞こえて来た。


パンパンっと洗濯物のシワを伸ばす音。
ザクザクと庭の土を弄る音。
明るい少女の話し声。
タンタンと遠くの廊下を歩く、足音。


この屋敷にはわたしと同じ様に迷い込んだ人(それも、異形なモノたちばかり)が他にも居たらしく、不思議な共同生活が始まっていたのだった。
同居人が作る賑やかな音に心地良さを覚えながら、再び寝返りをうつ。


「マザー、イオにね、なかまできたよ…
みんなへんで、すこしうるさいんだけどね…あの家みたいな…さみしさが…ないんだよ…」


屋敷の中を吹き抜ける風が、柔らかく頬を撫ぜる。この風は、マザーにちゃんと、この報告を届けてくれるだろうか。
襲い来る眠気すらも心地よく感じて、わたしは少しずつ周りの音を拾う事をやめた。
再び軽い風が、窓にかけられた風鈴をチリンと鳴らす。夏が駆けてゆく。


「ゆーうーはーんでーすーよ−−−って、わ！もう吃驚した！イオちゃんってば、こんな所で寝ると風邪引いちゃいますよ！」


やがて1人の少女がわたしを起こしに来るのは、もう少し後になってからのこと。



穏やかな日の話

目線が合ったユクリの柔らかな顔に、どこかホッとしたようにほんの僅かに表情を和らげ、つられて手を出した

　本当に好奇心の強い子供だ。そういった面は少なからず好ましいと考える。

右に、左に、槍を旋回させ正面でぴたりと構え……ようとして。

……勢い余って、槍の平たい面を自分の顔面にぶつけた。