最後の一人が倒れ、紅がこぼれる。

——血だまりに沈んだ手。

（……）

手に残った肉を切り裂く感触。

——苦痛にゆがむ顔。

（違う……）

蹲ったまま呻く声。

——申し訳なさそうに呟く言葉。

（どうして、こんな……）


——おい——しっかりしろ、夢路！』

呼ぶ声に、思考の海から引き上げられる。

気が付けば地面に座り込んでいて、まるで自分のものでないかのように手足に力が入らない。

『平気か』

普段とは違って気遣うような声に戸惑いを覚えながらも、一番気になっていることを尋ねる。

「あの人たちは死んでしまったんですか」

『いや、奴らネクターを持っていた。時機に傷も回復するはずだ。今は気を失っているがな』

「そうですか……」

答えに安堵し、ほうと息を吐く。敵とは言え互いに人間だ。死んでしまったら寝覚めが悪い。

真に倒すべき敵はまだ先にいるのだ。

たった今思い出した光景を記憶の奥底に押し込みながら、そう言い聞かせる。

『いつまでもここにいたら奴らが目覚める。さっさと行くぞ』

「そのことですが」

『何だ』

「腰が抜けたのか立てません」

『はあ？』

普段は威厳ある声も、夢路の淡々とした言葉に毒気を抜かれたのか素っ頓狂な声を上げる。

「困りました。これでは歩けません。シオンさんはおぶってくれるでしょうか」

夢路が見る先には、サラマンダーと戯れるシオンの姿があった。男女比率の偏ったこのパーティーでは、夢路をおぶって歩けるような体格の人間はシオン以外にいない。選択の余地はないのだ。

まさにシオンに声をかけようとした夢路だったが、呆れたように沈黙していた影に遮られた。

『世話の焼ける……』

言うが早いか夢路の首に巻きついた影が膨張し、巨大な漆黒の虎を形作る。虎がその巨体を起こしたときには、夢路はその背中にうつ伏せになっていた。

夢路の頬に冷たいような温かいような、硬いような柔らかいような、曖昧な感触の影が触れる。

「ああ、また乗せてくれるんですか。ありがとうございます」

『ふん。今回限りだぞ』

「どうでしょうね」

ぶっきらぼうな声に、からかうように笑う。

（今回だけ……ちょっと残念かな）

巨大な黒い虎を見た仲間たちが何かを言っている気もしたが、彼ならきっと上手く話してくれるだろう。懐かしい感覚に揺られながら、夢路はゆっくりと目を瞑った。