「さて、プリケ……いや、プルケリマ。……まずは、お茶でもどうぞ」

医団長の部屋の、さらにその奥の部屋。
特別なことにだけ用いるその部屋に窓は無く、金庫のような巨大な遮音扉が唯一の出入り口になっている。

「なぜ、『黒のカラドリウス』……いや、『黒きカラドリウス』だったかな。そう呼ばれるか、話そうか」

医団長はお気に入りの紅茶を一口すすると、深くため息をついた。

「もともとは、『カラドリウス治療団』とか、そういう名前だったんだ。……『カラドリウス診療医団』だったかな？
　まぁ、なんだ。黒、っていうイメージは無かったんだ。最初はね。」

一呼吸おくと、子供に昔話を聞かせるように、ゆっくりと語り始めた。


——昔、まだ医団長が医団に入ったばかりの頃は、数羽と数匹の、本当に少ないメンバーしかいませんでした。
その頃は水色の小さな雄鳥がみんなをまとめていました。
その鳥をはじめとする団員は、各地を回っては無償で、あるいは、1食分の食料を代償に、どんな病や傷も治していました。
しかし、ある日突然、水色の鳥をはじめとする、特別な治癒力を持った団員はみんないっせいに姿を消してしまいました。
残ったのは、治癒力の無い団員と、それを知らず、助けを求めに来る大勢の患者たち。


「思えば……あの時解散してしまえばよかったよ。残った僕たちは、もうすでに前の『カラドリウス』とは全く違うのだからね」
ふふ、と小さく笑うと、虚空を見つめる。

「それからは、医療道具や薬草、薬品…いろいろなものを集めて、治療を行っていたんだ。
　道具を揃えるためにはお金が必要になる。患者から貰うだけじゃ、足りなくなってしまったのさ」

それからの医団は、戦場での治癒活動、治癒活動を騙った暗殺や隠密活動など、お金になることは何でもやった。
そうでもしないと、十分な治療が出来なかったから——

「……お金を稼ぐ一番の方法は、大きな団体から仕事をもらうことさ。でも、大きな団体ほど、すでにつながりを持っている。
　だから、ヒトが忌避する方法を取って、ハイリターンを狙う必要があったのさ。
　そういうわけで、汚れ仕事を多くやるようになって、いつの間にか、『黒いカラドリウス』なんて、ね。」

飲み干したカップを手元でくるくると弄る。たまにかちゃりという、爪がカップに当たる音が、沈黙の中に一定のリズムを刻んでいた。

「さて、先ほども外で言ったけれど、あの子にはお金が無かった。
　お金が無くても治療することはできるけれど、治療に使った費用はどうしたらいいと思う？」


「患者が稼ぐか、僕たちが稼ぐか、だ。
　プリケ、あの子を助けたいのなら、その分お金を稼ぐかい？」

医団長の冷たい視線が、プリケをじっと見据えていた。




それから私は、世界中、時には別の世界へと、飛び回った。
自分の知識、技術それから身体そのもの。お金を稼ぎ、より多くの命を救うため、私は自分を捨てた。
そう思っていたが、捨てたのではなく、見失っているだけなのかもしれない。
いつしか私は、ヒトを救うためではなく、お金のために働くようになっていた。
きっと、このときに自分を見失ったのだと思う。

向けられる視線に落ち着かない様子だ…。