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※続きものですので、先にジャック(ENo.1597)の日記を読むことをお勧めします。
http://ikki.x0.com/r/k/k1597.html#DIARY

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── 一方その後方では。



「くっそぉ……！」
「頑張れ少年、さっきより歩くのが遅くなってるぜ」


先程ジャックに呼びかけを無視され、尚の事不機嫌を募らせるアールと
それにからかいの言葉をかけるブラックの姿があった。


「そんなことねーよ、うっせーな！山育ちなめんな！！あと俺は少年じゃねえ！アールって名前があんだよ！」
「アールちゃんか」
「『ちゃん』付けで呼ぶんじゃねえ！」
「ふぅん」


いきり立つ言葉は全てのらりくらりといなされて、まさに暖簾に腕押しの状態だ。
少年は早々に目の前の男と会話することを諦め、がっくりと肩を落とした。


「ところで、さっきから上を飛んでるのはアールちゃんの鳥か？」


疑問の言葉を投げかけられて頭上を見やれば、ピュイィ…という鳥の鳴き声が空に悠然と木霊する。
美しく勇壮な《相棒》の姿に、アールの心は多少癒された。


「…そーだよ。オルテってんだ。 あんた、鳥好きなのか？」


アールは不貞腐れていた顔から、少しばかり誇らしげな表情を浮かべた。
そうしてもう一度空を見上げ、羽ばたく姿に笑みをこぼす。
それに対して質問されたブラックは、二・三度目を瞬いた後、その首を僅かに傾げた。


「いや、別に？ ……ああ、でも、『飼い慣らされていない鳥』 は嫌いじゃないかな」
「は？何だそれ」
「……さあ、何だろう？」


要領を得ぬ物言い、はぐらかすような笑み。
先程からこの男は、人と対話をしているようで実は全くそうではなく、
一方的に言いたいことだけ口にしているだけだった。
そんなブラックに対し、心底意味が分からないというように、アールは疲弊しきった表情を浮かべる。
ただでさえ思い荷物を背負わされているうえに、意味のない会話しか交わせていない状況。
最初こそ苛立ちと憤りもあったが、今となっては疲労しか感じなくなっていた。
ブラックの言葉になにか意味があるような気もするが、そんな事を考える余裕ももはや無い。
一見にこやかに口こそ動かしているが、曖昧な物言いの端々からは
『どうでもいい』という至極投げやりな気持ちが見え隠れしている節すらある。


「あんたと話してると、ほんっと疲れる……！！」


げんなりとした表情を浮かべ、一際大きく荷物がガシャリと鳴ると、
それを面白がるようなクスクスとした笑いがブラックの口から漏れた。


「アールちゃんってかわいいよな」
「はぁ！？バッカじゃねぇの……！？」


空で羽ばたく鳥は、呆れたようにピュィー…と細く鳴いた。








そして夜もふけた頃。


「あーあー、すーっかりだらしねぇ顔して寝てやがった。ったく」


テントから戻ってきたジャックは、呆れ顔を隠そうともせず、如何にも面倒くさそうにがしがしと頭を掻いた。
日が落ち、今日はこれ以上の行程を行くのは無理と判断した一行は
見晴らしの良い拓けた場所にキャンプを張ったのだが、
余程疲れていたのだろう、アールとチセは食事が済むと
そのまま糸が切れたようにその場で眠り込んでしまったのだ。
朝まで地面に転がしておくのは流石に可哀想だということで、
テントの中に運び込んでやったのだが……
そのあまりにも無防備な様子には、驚きを通り越して何だか心配な気にすらなってくる。


「こいつらよぉ、拾った相手が俺たちじゃなかったら何回死んでんだ？」
「あはは、そう言ってやるなよ。子供の二人旅なんて、何かのっぴきならない事情があるんだろ」
「ハッ！俺の知ったこっちゃないっつーの」

めんどくせー、と不機嫌そうに唇を突き出しながらジャックは焚き火に木をくべる。
そうして焚火の中央から少し外れたところの木片を拾い上げると、その熾火で煙草に火をつけた。


「ジャック、俺にも火。くれよ」
「ん？しゃーねぇな。ほらよ」


顔を寄せ合い煙草の先端同士を触れ合わせれば、すぐに火が移る。
最初の一口を浅く吸い込んで吐き出せば、二筋の紫煙が空中で溶け合うように混じり
焚火から立ち昇る火の粉と共に夜空に吸い込まれ消えていった。


「あー…旨ぇ。やっぱ俺は子守は合わねーわ」
「何言ってるんだ、自分から絡みに行ったくせして」
「あぁ？そうだっけか？」
「…ジョークならもうちょっと面白いネタ仕込んでから来いよ」
「なんだとてめえ」


常と変わらない軽口の応酬。
しかしそんな会話の内に、じゃり、と土を踏みしめる微かな音が混じったのをどちらも聞き逃さなかった。


「……さて、お客さんがお出ましのようだけど、どうする？」


素早く周囲に視線を走らせれば、周囲を取り囲むように
こちらに向かって牙を剥く獣の影、数体。


「ンなもん決まってんだろ。ゴテイチョーに尻尾巻いて帰ってもらうさ。それともなんだ？食うか？」
「馬鹿言うなよ、野生動物の肉なんて臭くて食えたもんじゃない」
「ハッハァ！相変わらずのお坊ちゃんだぜ」
「騒がしくするなよ。あの子達を起こしたら可哀想だ」
「ヘェヘェ。分かってるっての。さっさと片付けちまうぞ」


背中合わせに立ってそれぞれに得物を構える。
そうして短くなった煙草をぷつと地面に吐き出すと、二人はにやりと好戦的に笑った。




「「In bocca al lupo！（狼の口の中へ！）」」

街中をとある人の姿を捜してうろつく。
すぐに後を追ったはずなのだが、気がつけば辺りは薄暗く伸びる影も随分と長い。

疲労と諦めの気持ちから、足早に進めていた歩を止めた。
もう、あきらめようか。
袋を握り直し、帰路につこうかと歩き出した瞬間、開いている手を誰かに強く引かれる。

瞬間、背筋が凍った——

驚き振り返ると、そこには痩身の男が立っていた。
男は驚いた表情を見せると、自ら手を離し距離をとる。
何か不満だったのか一瞬眉を寄せたが、すぐに人の良さそうな笑みへ変わった。

笑顔で謝罪を述べる男に少し身構える。
先ほどの刺さるような気配と、この面のような笑い顔。
しかし握った袋の存在を思い出すと、男の目の前にズイっと差し出した。

手放した物を戻されて不快に思われないよう、この謝罪を逆手にとろう。

続・煌びやかな宝石商の露天前にて——

背中に何かがぶつかった感覚。
振り返ると、黒っぽい服装で痩せ型の男性が立っていた。

男性の視線の先を追い、見遣る。
アデルと、金髪の大柄の男性客と何か揉めているようだった。

………うん？と何かいつもとはまるで違う感覚を感じた。

今までちっとも認識されたことのなかった単語を、微笑みながら淡々と放ったのだ！

頭の中はもう真っ白の状態である。
あの人…誰なんだろう…？せめて、名前を…！

…尋ねようとしたが、
黒っぽい服の男は、男性店主と会話を始めていた。
会話は聞こえないが、店主が浮かべる表情に恐れを抱く。

暫く傍観していると、やがて店から立ち去ろうとしていた。
店の中で揉めていた、大柄の男性客と共に。

—今度見掛けたら、聞かなきゃ…。あの人の名前…。

赤い獣にそう声をかけたあと、ハールに向かってこっそりと囁く。

悪気なくカラカラと笑いながら男は対峙する獣に話しかける。

そう言うと男はにんまりと笑いながら、拳に愛用の得物を嵌め込んだ。

どうにも納得がいかない表情だ。