元々あの機械人形の少女はアルファが見つけたものではなく、ヘッセが見つけたものだった。
　ヘッセの趣味と悪癖の一つに放浪癖がある。都市特殊調査官という職にありながら、都市に縛られ続けることをどこかよしとしていないせいなのか、彼は時々気の向くまま都市の外へ出かけて行ってしまうことがあるのだ。また、彼の補佐官であるキルケゴールにしても、失われた物に対して興味関心が高く、過去の遺物について何かしら個人的な研究をしているらしいというのもどこかで聞いた。ヘッセが外へと飛び出し、それを連れ戻そうと追いかけたキルケゴールとでとある遺跡に潜り込んでしまった時、見つけたのが例の彼女である。
「いやー、結構近い遺跡だったから既に調べつくされちゃってて特にめぼしいものも無いだろうとキルケは言ってたんだけどさ。なーんか俺は引っかかって。電源が通ってる箇所が辛うじてあったからそこを掘り返して見つけたんだよ」とはヘッセの言葉だ。
　アルファにしてみれば何も無い荒野に何故彼が出て行ってしまうのか理解できない。（というよりアルファ自身が誰かの気持ちを理解したいと思っているはずもないのだが）だが、ヘッセが少女を見つけなければアルファは少女と出会わなかった。ヘッセがアルファに彼女を託さなければメルンテーゼへ赴くこともなかった。
　そのことに感謝をしようとして既にもう何度か失敗している。言葉を伝えようとすると素直に口から出ない。幸いなことにヘッセは気にしていない様子だった。変なやつだ、とアルファは彼のことを思っていた。

***

　ヘッセ達が外へ出た後の工房、その中で彼らに任された（というか奪い取った）概念武装をアルファは黙々と調整しなおしていた。
　部品の一点一点を取り外し、丁寧に並べ、清掃をし、摩耗した部分はないか機器の出力に問題はないか、あるいは魔術式に誤差が出ていないか等の点検、調節。手を動かしている時がアルファは一番好きだった。誰かと話さなければならないわけでもないし、関わる必要もない。自分の狭い世界の中にいれば余計な物事を考えなくて済む。心が大きな波風を立てることもない。アルファにとっての穏やかな時間というのは何もかも平坦な状態を指していた。
　作業を進める自分を、機械になったように感じる時がある。それはとても楽なことだった。正直、ずっと機械であることこそが自分にとっての幸せではないだろうかと、アルファはひっそりと思っている。
　そんな中、アルファの孤独の時間を邪魔する小さな囁きが聞こえた。その囁きは部屋の中を取り巻く小さな者達が語る言葉だ。
「アルファは本当は機械になりたくなんか無いのよね」
　部屋にある人形の内、陶磁器の肌をしたものが言った。
「ぼくしってるよ、アルファは機械になれなかったって」
　呼応するように別の場所から声が上がる。綿を詰められた奇妙な動物のようなぬいぐるみがボタンの眼をくりくりと動かして言う。それが呼び水となったのか、部屋中に置かれた人形たちがいっせいにそわそわヒソヒソと会話を始めた。

　アルファは人間だものね/人間だから私たちを作れるのだよ/でも人間にしてはアルファはとても臆病だね/弱虫だもの、仕方がないよ/アルファには人間は作れないよ、人形はつくれるけど

「……黙れよ」
　作業台の一点を見つめたまま、アルファがぼそりとつぶやいた。凍りついて頑なな響だった。だが周囲の人形たちは黙らない。紙でできた何体かがカサカサとかすれる音を立てて笑う。
「アルファ、いつまで僕らになんか拘っているの。君は人間になるべきだよ、勇気を出してアルファ」
「うるさい黙れ黙れ黙れよ！アルファの気持ちも知らないで！皆嫌いだ！大っ嫌いだ！お前らなんか作らなきゃ良かった！！！」
　叫ぶと同時にアルファが椅子から勢い良く立ち上がる。そのまま壁際の棚に歩み寄ると、そこに置いてあった人形たちを掴み、そのまま床へと叩きつけた。棚に腕を伸ばし、ごっそりと置かれたものを抱えると勢い良く下に落とす。陶器の肌が砕け、紙が散り散りになり、綿が弾んで、ちぎれたボタンがどこかの隙間に転がった。
　アルファは止まらない。獣のようなうめき声でもう一方の壁にしつらえた棚に取り付くと同じように物を叩きつける。手当たり次第にしばらく暴れて、その残骸が床を殆ど埋め尽くした所で、やっと肩で荒く息を吐いたままアルファは止まった。
　あとに残ったのは無残な人形たちの残骸とやり場のない怒りと虚無だけだ。割れた陶器の肌を晒した人形が床に転がったままカタカタと笑う。
「こんな事をしたって何もならないのはアルファが一番知ってるじゃない」
「アルファは僕らを見捨てないよ。だって見捨ててしまったら今度はアルファが僕らに見捨てられてしまうから」
「どうせ貴方は私たちを直すのに、どうしてこんなことをするのかしら。はしたない」
　散らばったゴミ同然の人形たちが口々にアルファに語りかける。アルファは何も言わない、立ち尽くしたまま震えていた。　人形たちが問いかける。
「もし君があの女の子を直して、気に喰わないことを彼女から言われたら、僕らと同じように壊したりするの？」
　はっとしてガラスの棺に納められた少女人形を見つめる。ピクリとも動かない彼女の整った横顔を見たまま、黙りこくる。自分はもしかしたら、彼女にすらそんな事をするのかもしれないと何処かで分かっていた。でもそれは彼女にもアルファにもきっと悲しいことだろうということも、同じようになんとなく理解できた。
　結局、しばらくしたあとアルファは自分で壊した人形たちの後始末を始める。直せるものは直し、作り直せるものは作りなおす。人形たちは怒りも憎しみも無く、アルファの修理を受け入れた。

　　ただひたすらに惨めだった。

距離をとったアルファにじりじりと近付く

ユキナに言われるがままバンザイのポーズでそのまま大人しく着替えさせられる。