——話し声がして、浅い眠りから目を覚ました。

「……おんしは、ほんに酔狂を好むのう」
『————』
「やれやれ。その合言葉を問うべき者は、少なくともおんしではなかろう？」
『————』
「相変わらず、ああ言えばこう言う、が服を着たような男じゃ。まあ、伝言は確かに承った」
『————』
「……やれやれ。挨拶の時、おんしのもとにいたなと確認したら、いきなり『ごめんなさい』と言いおったぞ」

　会話の片方は聞こえなかったが、そこまで聞いて、誰と誰が話しているか、はっきりわかった。
　軽く首をもたげると、既にわかっていたかのように、魔女はこちらの『目』を見て、告げた。

「そういうわけじゃ。『ごめんなさい』は要らぬぞ」

　先手を取られて黙ると、魔導具の光を反射した、不可思議な色の瞳で魔女は続けた。

「疲れないわけではないが、疲れが致命打にならぬ——強がりであれば良いと思うたが」
「体質です。まだまだ知らないことも、あります」
「それで良い。己自身のことなら全てわかるなど、思いあがりも甚だしいこと。眠れずとも、目を閉じて体を休めよ。心さえ閉じねば、間に合う」
「はい」

　言われた通りに目を閉じてから、聞こうとしたことを思い出した。
　無礼かとも思ったが、そのままの姿勢で尋ねる。

「あの方は、今日はどんな合言葉を？」
「『汝は冒険者か？』——そうであったな？」
『————』
「どの本を読んだのか、心当たりがあります」

　平たく言えば、かっこいい言葉を使いたがる癖がある、ということになるだろうか。
　よくあるといえばよくある癖だが、そのとき読んでいた本と気分で毎日変化する合言葉は、もはや符丁でなく、単なるクイズだ。

　今日の問いかけは、古きものの守護者からの問いかけだ。この世界に、それを問える存在が居るか、いささか微妙だ。

「そういうわけじゃ、義理は果たした。今日は不合格じゃ。次は、アル坊の機嫌を損ねぬ時間にせよ」
『————』

　よく聞こえなかったが、きっと笑ったのだ。
　出来れば言葉の仔細を知りたくなかったので、休めという言葉に素直に甘え、聞こえなかったことにした。

　眠りは、いつも浅い。

（かりかり。かりかり。かりかり。かりかり。かりかり。）

（手袋を着用する