庭が続いている。
　いつかオルガの言っていたように、そこはよく手の入った——意図された場を組み上げるための物々が、意図された通りに配された場所だった。あるべきものをあるべき箇所へ。
　そこには、恐らくは適度に様式化された、ごく単純な正義が並んでいる。淑やかな顔に列を成して。
　彼自身はその意識された細やかさを、足の下に踏む敷石のかたちに読み取っていた。滑らかに続く石の切れ目に、わずかに草の生えてる様子もない。小石や砂利はひとつ残らず掃き出され、快適な歩行をするにどんな不都合もなかった。段差も傾きもない。生垣から路へ向かって伸びる枝は、いずれも丁寧に切り払われているようだった。戯れに手を置いた樹木のおもては、ざわざわと撫でられるほど平らかに刈られている。
　こうした物事を成り立たせるには、その一瞬に見合うとは思えぬほどの《手》が必要だ。そのことを、外観から眺めた事実として彼は知っていた。　彼の両手は何をも生み出しはしない、形作ることさえも——彼は職人ではないのだから。手と狂気。マヌスとマニアの絢爛は彼の潜在する場所よりはるかに遠く離れてある。けれどもそう、そこに何がしかの値打ちがあると見做されることは知っていた。知ってはいた。
　主には、いまも連れ立って歩く、朝の匂いのする娘の発話、その行いと呼びかけから。彼女は、ただ無造作に垂らされるばかりだった彼の髪を結い、彼の身なり全体を、彼自身にはあずかり知らぬ理論と方法でもって整え、彼をよりひとりの人間らしく見えるかたちに固定した。彼はいまもってこの姿に髪を結うことができない。衣服に袖を通すことは覚えたものの。そのことを思って、彼はかすかに笑った。声は立てなかった。二人の娘たちはあれこれと喋りながら、彼の前を歩いている。
　人々はあまりにたくさんものを造り出す。それらのすべてを快いものと、素晴らしいものとうそぶきながら。そしてそれを永続せしめようと手を尽くす。それらは文字通りの手、手、手。華々しき手どもの葬列。彼らは互いに理解しえないものをあらわすために命を費やす。時を燃やして。彼らの時間はあまりに短く散り落ちる、持ちうるもののすべてを泥と腐らせて。
　彼には分からない。たとえ知っていたとしても。
　彼がこれまで手に入れ、また失ってきた目のどれひとつとして、同じものを同じものとして視るものはいなかった。
　美というものが、真正な意味において彼にたどり着くことはないのだから。
　
　価値とはなんだろう？　ゆるぎのない値打ちとは？
　そこに付される尊いもの。尊くあると思わされるもの。
　そうと信じられているもの。
　万人に受け入れられ、誰しもが頷き得心するような。
　本当にそんなものを持っているものが、

　そんなものが、





　背後に離れて、金属の板の噛み合う音がする。
　横たわる兵士たちの誰かが、身じろぎでもしたのだろう。長く広々と続く庭園の花々の先、恐らくはまたひとつ、頑迷な美しさを信じる者どもがある。
　様々なかたちに砕け散りながら過ぎ去ってゆく時間の、細かく分断された側面のひとつばかりを見詰めて微笑む者たちが。

　それはどれほど賢明なことだろう。
　どれほど愚かなことなのだろうか。