赤い空。


夕暮れの色。
いいや、違う。これは、朝焼けの色。
太陽が、すべての生き物に、目覚めよと知らせる為、暁の空の色に染めるのだ。











*　　*　　*












ここは……何処だろう。

先ほどまで赤い空だと思っていたのは、気のせいだった？



今は、朱より明るく、太陽の光のよう、視界に映る11人は眩い光に包まれる。

……あ、今気づいた。
みんなが、いる。

眩い光に、みんなそれぞれ、驚いたり、不安がったりしてるのが見える。
……こんな中でも笑ってるフライバイ君はさすがっていうか、何ていうか。
でも、喜んでいる人も、少なくない気がする。きっと、カダイエの大事な手がかりなんだろうから当然か。

すべてを包むような光は、やがて深い闇を産む。
初めは小さな黒い点だったものがどんどん光を侵食して、膨張する。
大きく、大きく、もう、人の大きさの数倍、小さな村ぐらいなら飲み込めるぐらいに大きく——





そして。


長い年月の封印が解かれたように。
雛が卵から孵るように。


地の底から、暗闇から、それは、生まれ出た。




たくさんの瞳。
たくさんの節の手足。

見たこともないような、大きな、大きな—……これは、生き物だ。
見上げてもまだ足りぬ程に大きな生き物。
あえて例えるなら、虫、なんだろうけど。私の知ってる、どの虫にもあてはめられない。

地面から外の世界に飛びだしてきた、と考えるなら、蝉、の表現が一番近いかもしれない。



でも、この、種族名すら知らぬ生物を、私は知ってる。
私が住まう場所。みんなが住まう場所。…寝床であり、集い場でもある、この世界での唯一の居場所。




マァムブ。


そう、呼ばれるものだ。
誰が教えてくれたんだったっけ？　…リセナちゃんかな。



グリゴリさんと、クリストファーさんが話をしてる。
中に入る相談？…ううん、どちらかというと多分命令だ。
その命令に従ったんだろう。現れたマァムブの中に、クリストファーさんが入っていく。

後ろ姿が、ずっと見えている。
みんなも、そのうち続いてマァムブの中に入ってくる。




ここから先は、いつも通りのマァムブの中の風景だ。


ああ、でも、家具がなかったり。
皆の生活の為の道具がなかったりするのは、ちょっと違うかな。


それぞれが、行きたい場所で、見たいものを見てる。
もっとみんなの様子を観察したいのに、私の意思とは裏腹、視界は勝手にぶれる。ままならない。
そんな、廊下のよくわからない壺の中とかどうでもいいし！
もっとみんなの様子が見たい。
そんな一言二言何かつぶやいてるのを聞いただけじゃ満足できないのに！


ああ、もう！！

——目を開く。最近ようやく見慣れた私の”部屋”の天井が見える。
ああ、なんだ……

何だか妙な夢だったし、変な目覚め方しちゃったなあ……。
外の空の色を見ればもう明るいのだから、そんな変な時間に目が覚めた、って訳ではないけど。
相変わらず寝起きのくしゃくしゃの髪を手で梳こうとして、手のひらに収まった、……コインに、気づく。

私がこのコインを手に入れる前。
私が、みんなの仲間に加えてもらう前のこと。
みんなの態度を見るに、きっと、マァムブを見るのはあれが初めてだった、と思う。

ありがとう。コインさん。
物にお礼を言うなんて、何ともメルヘンじみた行為だけど、どうせこの世界自体がファンタジーでメルヘンなんだから、きっと、許される。
ちゅ、と音を立ててコインに口づけを落とせば、一旦は枕元に置く。

久しぶりに、とっても気分のいい目覚め。
この勢いに乗ってしまって、二度寝なんて野暮な事はやめよう。



さあ、早く着替えて、朝ごはん、作らなくっちゃ！

ふいに視界にシルマリィの姿が入り、思わず目をそらす。
本人とは逆に、カミユの背後のルーアハが、じっとシルマリィを見つめ続けている。

少し離れた場所で少女が道行く人々へ何やら声をかけながら手にした紙を配っている。
その紙は受け取る者、受け取らない者がいるが、少女はどちらにせよそれを気にすることはなく
構わず配り続けている。

もし樹里にある程度の分析力かチラシについての知識があれば、少女が行なっているのは
某かの宣伝行為だとわかるだろう。

と、いつの間に近くへ来ていたのか少女が声をかけチラシを渡してきた。
チラシには効能などの説明書きと簡単な地図、そして温泉の絵が描かれている。

曲がり角ですれ違う拍子に肩が触れただろうか。
何が気になったのか、立ち止まって樹里の顔をじっと覗き込むと、
言葉が通じないのをいいことに、じろじろと彼女そのものへ遠慮のない視線を注ぐ。
おそらく樹里に興味ありげな様子を見せたのはその日が初めてだろう。

唐突に理解不能な言葉を並べられて面食らう青年。
貴女が何を言っているのか理解しようとしたが、やはりわからない様子だ。

青年が虚空を見つめてから少し経って、その虚空からシルフらしきモノが姿を現した。

意外な相手の勤勉さ、と言うか素直さに少々感心しする。
ここで羽っ返されては目論見も暇つぶしも何もパーである。

出来る限り相手の動作にも反応を合わせるよう意味をしこうする。
恐らく「まち」というのは、敬称の類なのではなかろうか。
それか、単純に呼び捨てからの疑問符に繋がる言葉である。
的確なのは、恐らく敬称であろう。

名前の発音としては、極東の列島の人の響に似て入る気はするが、このような言葉ではなかったな。
あそこは言葉の訛りのように方言というのが強いとは習ったものの……ここまで総てが解読不能ではない。

ふぬせゆ…やはり、解からんが流れとしては「よろしく　ライアーさん」のようなニュアンスなのだろうか…
そう考えれば、ある程度返しもすこしは楽になる。モノは試しではあるよな。
心の奥底で未知に対する楽しさに笑みを浮かべて、

意味と解釈が違えば誤解生まれるだろうと考え、
少し疑問形に、出された手が握手を求めるものでなければいらぬ誤解なので大の男としては妙に臆病にゆっくりとした動作で出された手を握り行く。

そもそも自分からして、此の世界の会話、特に横文字が難しくて困っている。
いずれ馴れるだろうが……、自分の事より まずは目前の少女のことだ。

少女の、一生懸命な笑顔に柔らかな微笑みを返しながら。

飴玉を手渡す直前で——。

ふっ、……と、掌から飴玉が姿を消す。
大袈裟に驚いている振りをした。手を返し、和装の袖口を見て、何処にやったかと首をひねる。
少女を指差して、また首をひねる。——どこへ消えたか、お主にはわかるかの？

続けて、尻尾を少女の視界の左側で ふさふさ揺らしてみせた。
もし、彼女が尻尾に気を取られるならば、視界の外から自分が仕込む種に気づけないだろう。

機を見て、わかった、とばかりに軽く柏手を打ち。
少女の珍しい衣装の、胸元あたりを指差して見せればいい。
そこに、桃の芳香を纏う美味しそうな飴玉を発見したら、彼女はどう反応するだろうか？

帰って来た２つ目の言葉を聞いて、額に指を当て横へ首を振りながら小さくため息。

強引に赤い果実を奪い取るようにして、目の前へと突きつけ。

開いた両手へと、数えながらPSを一個一個載せていく。

左手三本で数を示す。
その後、りんごを持った右手と何も持っていない左手を差し出して、反応を待つ。

まだ完全には理解できていないのか、少しブツブツと言葉を反芻する。

と、ツッコミを受けて自分の体を見直す。
少女は「ああ」と、少し意地悪な笑みを浮かべた。

わざとらしくカタコトになる。

触手をしまい込む。

しばし逡巡し。

自分を指さし、笑いながら

その後ちょっと困った顔で、少女を指差す。

青年は首を傾げ、少女に向かって何かを言おうとしたが…。
一旦口を噤んだかと思うと、少年の方へと向き直り小声で問う。

ハルと呼ばれた小柄の少年は首を左右に振る。

青年は片眼鏡をたくし上げ、暫し少女の方を見つめ…。

急に笑顔になったかと思うと、荷物の中から一斤のパンを取り出して少女の方に差し出してみた。
少年はそれら一連の行動をやや冷めた目で見送る。

少年は自らの胸に手を当て、少女の目を見ながらゆっくりと喋る。

次に、青年の方を指差しながら言う。
意思疎通する気はあることを示しているのかもしれない。

そしてハルは少女のことを指差し。
その指を縦に動かしながら、一文字一文字を確認するように紡いでいく。

ワクワクソワソワ

バケツをかぶった猫に多少興味を示す