——本格的に戦闘が始まってから、今日で2日となる。

戦場とは到底思えぬ穏やかな平原の探索だった。
どんな敵と戦うのか伺っていたが、まさか野良猫の駆除をやる事になるとは。
個人的に猫は好きなので忍びないが、討伐した。
バケツ猫だけは仲間が増えた事に喜んでいたけれど。

問題はそこじゃない。
来たるべき対人戦にそなえて、
大本営の指定する相手と練習試合をやっているのだが、
どうにも体の様子がおかしい。

思ったように動けない。自分の反応にキレがない。
指の先は器用に動くのだが、全体的に反射速度が遅いのだ。
限りなく行ってきた戦闘訓練と同じようにしているのだが、
狙いがブレたり外れたりする。

昔から狙撃だけは得意だった。こんな事、初めてだ。

どうして反射神経が鈍るのか。
とりたてて自分に原因があるとは思えない、体調面は良好なのだ。
私は思考を巡らせながら、ふと左手の甲に視線を落とす。
この布手袋の中に、『干渉者』の刻印が眠っている。

——もしかして、『干渉者』には制限がかかっているのか？

今まで、『干渉者』というものは普通の人間より力の強いものだと考えていた。
おそらく、その考えは正しいのだ。
普段ならこのような映画のような立ち振る舞いは難しい。
ただ。

ただ、『召喚者』の能力に、強く依存するだけなのだ。

◇◇

「……我が君！先に行きますよ！？」

前方で私を呼ぶ声がする。
……そうだ、まだ進軍中だったのだ。最近の私はおかしい。
若干冷めた目で皆に見られつつ、私は駆けつける。

手入れされた庭の中を警戒しつつ歩をすすめる。
王城から近いといってもだいぶ距離はある。
それでもこれだけはっきりと姿を現しているのだから、
規模の大きさも分かるというもの。

「眠ぃなー……こんなにダラけてたら寝ちまうぜ……。」

大口で下品に欠伸を噛み殺しつつ、スカーレットがぼやく。
バケツ猫も欠伸をしつつ、前脚で顔を掻いていた。
アムルィの持っている『アリクイさん』人形が動いた気がしたが、
多分気のせいだろう。

こんな穏やかな日は、気が緩みやすい。
気を付けようと頭では考えていても、集中が霧散してしまう。
まぁ前日がバケツ猫のお友達選考会だった事を考えると、
そんなに警戒する必要はないように思われるが……。

「……。」

急にアムルィが足を止めた。合わせて、私も止まる。
普段何を考えているか分からない彼女だが、
何か察知した可能性もあるだろう。注意深く空気を読む。

——人の気配がする。

数はおそらく3、4人でこちらと同規模。
方向からするに、すでに囲まれている。
私は小僧の腕をつかみ、庇うように引いた。

「どうやら囲まれているようだ、早くこちらに固まって。」

私の小さな合図にスカーレットが眉を跳ねる。
お互い背中を合わせるように、動きを伺い武器に手をかけた。

伏兵達はもともと隠れる気は薄かったらしく、
庭園の植木から音を立てて姿を現した。
同じ黒い鎧に身を固めた兵士が4人、ばらばらに近づいてくる。

「ふふ、来たか馬鹿どもめ……。」

余裕綽々で口を開く。どうやら待ち伏せされていたらしい。
こちらの情報が洩れていたのか？

大本営から何も聞いていないのだが、
不意打ちを防ぐための偵察隊は出していなかったのだろうか？
そんな馬鹿な……。

武器を構える兵士達を見て、バケツ猫は慌てている。
今考えるべきは、この状況をどう打破するかだ。
不満など、あとから大本営に言えばいい。

「即刻立ち去るがいい！世界に害をなす虫けらめッ！！」

兵士の一人が咆えた。

「ご丁寧に警告を頂けるとは。
　そちらとしても事を荒立てたくないと考えてよろしいか。」

口ではそう言いつつ、銃をホルダーから外す。

「……見逃してくれるでしょうか？」

背中に挟まれた小僧が、か細い声で呟いた。

「無理だろう。
　警告する位なら、交渉する余裕くらいもらいたいものだな！」

近場にある大木に一番近い兵士の地面を撃つ。
怯んだ所に威嚇でもう1発放ち、
兵士が引いた瞬間に大木の元へ小僧とスカーレットを引っ張り込んだ。

◇◇

大木を背にして陣を取る。
バケツ猫はすでに前面で兵士達を威嚇していた。
アリクイさんを抱えたアムルィも無言のまま猫の横に並ぶ。
1歩引いてスカーレットが鎌を構え、木の根元には小僧を庇った私がいる。

武器を持った兵士が1人、近づいてきた。
反射的にバケツ猫はそれに飛びかかる。
腕に噛みついた後、振り払われてそのまま着地した。

まずはこの兵士の動きを止めたい。
脳震盪を狙って、額の上の兜中央に狙いを定め、撃つ。
だが発射された弾は遥か右側に軌跡を描いて弾かれた。

——外した！？

立射をこんな明確に外したなんて何年ぶりだろうか。
若干の動揺を抑えようと息を整える。怯んだ兵士の鳩尾を光の束が貫いた。

体の反射速度が遅いなら、確実に狙える対象を撃つしかない。
彼らから情報を取りたいのだが……。

アムルィが光弾を兵士達に放った。
その内の一人が、ゆっくりと姿勢を崩してゆく。
今は、捕虜を取る余裕なんてない。
私は倒れた兵士の眉間に銃弾を撃ち込んだ。

「……我が君？大丈夫ですか？」

エンブリオを召喚し、小僧はバケツ猫の傷を塞いでいた。
この言葉で私は自分を取り戻す。
根本的な対策を考えるのは後だ、今は目の前の事に集中しなければ。

「何の責任も負わず、権利だけを主張する愚民めが！
　大義はこちらにある。理解できぬ駒は引っ込んでいろ！」

肩口に鎌を突っ込まれた兵士が咆える。
そうとう効いているのだろう、断末魔のようであった。
私は兵士の脚に照準を合わせる。

「随分と威勢のいいことだな、まるで自分の意志のようじゃないか。
　どこの誰に共鳴したのかは知らないし興味もない。」

エネルギー弾が兵士の胸の前で弾ける。まだ照準は変えない。

「……だがな。」

——自分の意志さえ人任せなのに、責任？笑わせるな。


「自分の意志で人形になっていないのなら、お前等はチェスの駒以下だ。」


忠実に動き文句も言わない分、チェスの駒の方が優秀だがな。
自分の境遇を嘆いて不平不満を垂れ流すのなら誰でもできるが、
駒として生きることを自主的に選択するのは強い理性でしかない。
人に道理を説く前に、まず自分の頭を動かしたらどうだ。

自分に渦巻く感情を押さえつつ、私は引き金を引く。
弾は空しく両脚の間の地面を撃った。

「何やってんだ、コノBITCH！」

罵声を上げたスカーレットが兵士の腹に一撃叩き込む。
その傷を目掛けてバケツ猫が頭突きをかまし、2人目が崩れた。
残りは2人。

「おめぇ、無駄弾撃たないんじゃねーのかよ！？
　いつものクソムカツク済まし顔はどこ行った！？」

感情の流れが止まる。そうだ、今の私は正常じゃない。
反応速度が落ちている上に感情に流されては、当たるものも当たるまい。
あの兵士の言葉は、今は忘れることにする。
大丈夫だ、どうせ大した事は言っていない。

気が付くと、バケツ猫とアムルィが残ったうちの一人を集中攻撃していた。
私も今、出来ることをやろう。狙いは肩口の鎧の繋目。

飛び道具を持っていない相手からこちらが狙われることはないので、
わりかし余裕をもって狙撃準備に入れる。
十分に狙いをつけて、引き金を引く。兵士の悲鳴があがった。

すでに兵士達の目に正気はなかった。
殺されたくない、ただその思いが攻撃に駆り立てるように感じられる。
しかし、天才でない限り本能で動いても人は役に立たないもので
脚元にいたバケツ猫に昇竜拳を食らい脳震盪を起こしていた。

「死姦してんじゃねぇよこのBITCH！
　仕官だけに死姦ってか？このセックスマシーンが！！」

スカーレットが最後の兵士の脚を斬りつけ、4人の兵士全てが動かなくなった。
生き残ったのは、脚を潰された最後の1人だけ。

息を整えつつ銃をしまう。
身体にしても精神にしても、課題の残る苦しい戦いだった。

◇◇

「使い物になりそうな奴を探そう。
　吐くかどうか分からないが、義理が薄くて口が軽そうなのを見繕いたい。」

自分で言いつつ、生き残ったのは1人だけしか居ない事を思い出した。
慎重に戦っていただけなのだが、大体私のせいである。

「連れて帰るんですか？何も喋らないかもしれませんよ？！」

最後の兵士の脚が可哀そうな事になっているので、
視線を逸らしつつ小僧が愚痴る。

「喋らせるさ。ただし生きている限り、な。」

この失血で生きてくれるといいのだが……。
情報が乏しいこの状況で、相手の話を聞けるのは大きい。
意識がはっきりしているのであれば、どんな事をしても喋らせる。

「ブ、ブランチマン様……。」

脚を止血している途中で、兵士は口を開いた。
すでに虚空を見つめているようだ。そして、だんだんと息づかいが弱くなる。

「おい、しっかりしろ！！」

呼びかけるが、応答はない。
首筋を確認したら、すでに脈はなかった。

なんということだ……。
わりと苦戦して得た情報が、相手側の幹部1人の名前だけ。
命の対価にしては安すぎる。

随分と後味の悪さを残しつつ、
私達は彼らをその場で埋葬することにした。



To Be Continued......

取り乱してはいけないと思ったのか、シエラは向き直り寿子を見直す。

シエラはニヤニヤと余裕を持った笑みを浮かべる
自分を立ててくれる相手に久しく合っていないので嬉しいようだ

バケツをかぶった猫に多少興味を示す