夕日が平原の丘の向うに沈みつつある。
同時に辺りに漂っていた赤い波長の光が闇に少しずつ呑まれてゆく。
幾つかの世界を渡り歩いたが、不思議な事に大抵の世界には"太陽"が存在しているらしい。
その夕日を見ながらオレはエンブリオの振りをしているイシカリに話しかけた。

「あれが、この世界の兵士の一般的な実力だとすると、一揆とやらは成功に終りそうだな。」

「一戦の勝利でそうとは断言できないが、一揆が成功する可能性は高いだろうと改めて思ったな。
　どうやら、兵士と遭遇した他の一揆参加者も大概は勝利したらしい。」

「オマエさんは、一揆側に勝って貰いたいような事を以前に言っていたが
　一揆側が勝つ見込みはどれくらいあると思っているんだ？」

「そうだな、現在までに把握したデータから言えば99%だ。」

「おいおい、随分と高いじゃないか。」

　あまりにも高い勝率を口にしたイシカリに眉を顰めて見せた。
オレ自身もそこそこ一揆側の勝算は高いのでは？と見込んでいたが、それでも99%という数字は高過ぎる。
しかし、イシカリはそうではないと指先を横に振った。

「さっきの兵士達が末端の下級兵士であろうのは判っているさ。
　この先に進めばより訓練を積んだ実力者達とも遭遇するだろう。
　しかし、王側は所詮一つの世界内に生きる者達だ。多くの世界から援軍を招きいれた一揆側には敵わんよ。」

「つまりは元々勝ち戦だという訳か。」

「一揆側が食料に困り餓死が多発するような状況になれば話は変わるかもしれんがね。
　この世界における日常に欠かせないエンブリオとの契約が困難な以上、一揆が長引けばその可能性はある。」

「しかし、それを避ける為に一揆側はオレ達、他世界からの援軍を呼んだという訳だな。」

「ああ、まさしく背に腹は変えられないが為の切り札を出したのさ。その後の副作用を知りながらも。」

「……。」

「不服そうだな？ ならいっそPKとして王側の為に働いてみるか？」

「…それも性に合わん。」

　オレは小さく溜息を吐いた。勝利が決まった流れに乗るというのはどうにも面白くない。
かと言って、他の冒険者に挑みかかるPKにも興味が持てない。
奪い合い、弱者から糧を得るのが当然とされた"否定の世界"においてもオレはそうだった。
きっと、それは生まれ育った環境に依る思考なのだろう。
オレは弱者として育ち、強者に勝利する為に強くなったのだ。

「だが、王側が勝つ可能性が無いわけじゃない。ごく低い可能性だがね。
　もし王側がこの世界の法則を操れるなら、勝敗は一瞬でひっくり返る。」

「この世界の法則…？」

「ああ、これは昔話になるが…
　昔、世界内に天変地異が多発し、他世界からの救援を求めた世界があった。
　そして多くの分割世界からの救援者達が集い、世界の天変地異の様々な調査が行われたある日…
　突如としてその世界は消滅した。」

「消滅した？ 滅びたというのか？」

「いや、消滅だ。全ての分割世界から、その世界へと繋がる接続は途絶え
　二度とその世界の内には入ることも覗くことも出来なくなったのだ。
　中に居た大勢の救援者、そして、その世界の住民は二度と他の分割世界から認識されることは無かった。
　今では、私達はその世界を [終焉の世界エンドケープ] と呼んでいる。」

「…ふむ。」

「その後の調査で判ったことだが、エンドケープからの最後の通信には『神』という単語があったそうだ。」

「神？ じゃあ神とやらが天変地異を起し、世界を消滅させたとでも言うのか？」

　途端に胡散臭い話に聞こえてきた。
今までにオレは多くの分割世界を渡り歩き、その幾つかの世界において"神"という存在は居た事を知っている。
しかし、それらは人間を超越した力を持った存在ではあったが、それ以上のものでも無かった。
世界の法則などという大袈裟なものを自在に操作出来るなど信じられるものではない。

「有り得ない話だと思うだろ？
　私達も、他の多くの分割世界の識者も皆同様にそう思ったものさ。
　だが、長年の調査で断片的に得た情報を統合した結果、遂には『その可能性有り』と結論付けている。」

「……。」

「私の世界で信じられているような、人が人の救済の為に創った神ではなく
　無数の分割世界の中には創造神とも言える絶対の統括者が実在するのではないか？
　そう、それは世界の法則を自在に操るような存在だ。」

「ふん、そいつは恐ろしいな。
　もっとも、王側がそういう切り札を持っていたら、この一揆など無駄だし、そもそも起こりようもないがな。」

「ああ、だからこの世界においては、無縁の話だと思っているよ。
　いや、是非そう願いたい。近年では幾つかの世界において妙な調査報告が挙がっているからな。」

「妙な話？」

「"読み手"と呼ばれる存在が幾つかの分割世界で目撃されたと、そんな目撃報告があるのだ。
　分割世界という数多の世界内で彩られた物語を読み手の視点で覗く観察者…
　もしそんな者が実在するのだとしたら、それは正しく"神"に等しき存在だと言えるだろう。
　そして、もし読み手の立場として考えたならば、この世界の一揆など面白いとは思わないかい？ グレン。」

（さっとしゃがみこむ）

少女がクローバーに目を落とす。

指先に包まれたクローバーが赤く燻り始めて...

塵となったクローバーは、風に乗り、緑の平原へ、さらさらと消えて行く。

薔薇の香りがひときわ強く。むせ返るほどに、広がった。

（その時、大根に衝撃が走った）

（なお、当人と入念に精査した結果、チャックのような物・及び紐のような物も見当たらなかった……）

　
　　　　　　悪びれもせず笑いながら、頷いた。　

　

　
　　　　　　するりと、手の先に茜色の光が収束して伸びた。
　　　　　　 空気を熱するような匂いが、強まったように感じる。　

まだらは目付きが危ない！

銛を手に身構えると、周囲に目を配りつつ意識を集中する…