虫けら。
　おうさまの兵士が、ボクたちをさして、そういった。

　バカども。
　そしてきっと、地主さまはボクたちを、そう思ってたであろうコトバ。

　そんなことは、よくわかってる。
　ボクはきせきのことか、おおさまのこどもだとか、いせかいのまほーつかいとか、そんな大したものじゃない。
　たいしたものじゃないことなのは、このボクが一番よくわかってる。

　そんなことはわかってるけど、それでもあがいていきている。
　それでもあがいて、たすけたくて、なんとかしようと必死になってもがいてる。

　そんな思いを、さげすんで、つぶそうとしてきたこいつらを……ボクは、許せなかった。


　王城庭園、その広庭。

「しかしここは綺麗だな、そしてあったかいな！　千巌の山も夏はそこそこ豊かだけれど、そことは全然違う豊かさだぞ！！」
　歩くボクたちの先頭では、とにかくいろんなものに興味津々ですよー！　とさけんでる、元気な声がこだまする。
「うん——。たくさんのいのちがいろとりどりだし、それにみんな、いい匂い——」
　で、その横であっちこっちにふらふらと、水辺のホタルみたいにふらついている光が一つ。
「みー」
　そしてボクの頭の上から、ちいさなちいさなけものごえ。
　ボクの帽子をちょこっとめくって顔を出した、小さな猫の鳴き声がした。


「ソウ、そいつ結局連れてきたのか？」
　ツイテキチャッタンデス。
　頭の上の小さな重みを感じながら、仮面の下でプチため息をつく。
「微妙にかわいいな、手乗りサイズだ。でも食べるのには向かないな！」
　どっちにしてもボクには食べられません。
「いつ捕まえたんだ？　この間アメーバとケット・シーを叩いたときか？」
　捕まえたっていうかいつの間にか帽子に潜りこまれてたっていうか……でも、多分、その時、だと、思いま、す。
「あいつら全然手応えなかったな！　次に会う連中は手ごたえあるといいな！
　もちろん千巌は勝つぞ！！　勝って、千巌が手なづけるんだけどな！！」
　ボクが一切返さなくても、あんまり気にせず千巌は続けて話してる。
　その言葉を聞き流しながら、仮面の下でボクは少し悩んでいた。


　正味この間のねことねばねばは、ほんとーに手ごたえがなかった。
　帽子の中でみーみー鳴いてるコイツはその時——と思うんだけど、に、転がり込んできた黒い猫。
　ちょっと頭が重いな〜？　って思って帽子を脱いだらな、中からすやすや寝てるのがころがりおちてきたもんだから驚いた。

　ルベウス曰く、こいつは“ケット・シー”というエンブリオ。ギジュツやチシキをもたらしてくれる、頭のいい妖精ねこ——だという。
　とてもそうは見えないけれど。

　手のひらにのるくらいに小さく丸っこい黒いからだに、ゆらゆらゆれてる長いしっぽ。
　からだにまったく合わないくらいに小さな白いつばさをつけた、鈴をくわえたころんころん。
　そいつは草むらにころがりおちたのに、ぱゆん、ぱゆんとはねていく。
　猫って落ちたら普通おきるよ、なあ……とみてたけど、ぱゆぱゆとはねてはあっちのほーまでいっちゃって、テキトーなくぼみに落ちて止まっても、なぜかそのまま眠ってた。

　おまぬけだなあ、まあいいや。
　とほからっといていこうとしたら、今度は靴がちょっと重くなる。
　見れば歩いて動きまくってる靴の上で、きよーにちょこんとすわって見上げてた。

　あれ？　とは思ったんだけど、そいつをみたとき、なんだかかわいいなあ、ちょっと、もっていきたいなあ……とは、思ったんだ。
　それが伝わったのか、ボクと視線を合わせると、そいつはみょんと飛びあがって、前足でチョンとブリキの脚にさわってきた。
　どこから持ってきたかわからない紅い花びら——ネクターの花びらを１枚つけた、前足でチョンと足にさわった。


　それで、成立。
　ふしぎとしか言いようがないケイヤクを、ボクはこの丸っこいのと結んでいた。


「手ごたえあるエンブリオのほうが強力な力を持つ、それは紛れもなき事実であろう」
　油さしの紅玉石がうっすら光り、響いてくるのはルベウスの低い声。
「だが分不相応な力はただの足かせだ。御せる力・礎というのも大事なのは、まぎれもなく事実である。
　ケット・シーはなかなか会えぬ、懐かれるのも珍しい。幸運であったと思おうぞ？」
　それって、“ケット・シーは弱い”って言ってるよ、ね……。
　けなしてるのかなぐさめてるのかよくわからないルベウスのコトバが、カラダの中までむなしく響く。

　いや、うん、こいつが頭いいってことだけは、よく、分かったんだけどね、本当に……。
　でもね、あれでね、成立するって思わないじゃないか、ふしぎすぎるぞエンブリオ—？！
　声にはギリギリ出さずにココロの中で、ボクは叫び声をあげていた。

「う、うん……わた、し、ケット・シーと、契約、したかった……だめ、だった、け、ど……も、もう、あえにゃい、の、よ、ね……」
「これから会うのはほぼ無理であろうな」
「ぅぅぅ……」
　後ろの方ではマシェのおびえ声。ルベウスのコトバがショックだったのか、今は涙声がまじってる。
　しかし、ケイヤクしたかった、かあ……そんなものなの、か、なあ……？　ケイヤクできる方が、幸運、かあ……。
「まあソウよ、そう悩みも悲観することでもないぞ？
　そのケット・シーは強いとは世辞には言えぬだろうが、そやつからわざわざネクターをもってきては契約をしてくれたのだ。
　帥が道行に力添えしてくれるのは間違いなかろう」
　間髪入れずに「み！」とひとなき。
　ルベウスの後押しコトバにあわせ、そうだよ！　と言わんばかりの鳴き声もあがる。

　……。
　まあ、そうですけど、ねー。

「それに古来より言うではないか、“猫の手も借りたい”とな。まさに帥はその状態なのだ、素直に力を借り受けるとよい」
「ひうう！！」
　ん？　後ろからひきつり声？
「ひっく。ね゛ごじゃな゛い゛でぅ、ら゛い゛お゛ん゛でず……」
　後ろをふりむくと、マシェがその場で凍りつき、涙を浮かべてガタガタとちいさく震えていた。


「マシェはほんと怖がりだな！　でもそんなに脅えまくらなくても千巌がいるから大丈夫なんだぞ！」
「う、うう……だってぇ……わたし、ねこ、じゃ、ない、もん……」
　げんき１００％の千巌がはねて、ふるえるマシェをなぐさめている。
「それに千巌もさっきのに似た言葉を知ってるぞ、“ワラにもすがりたい”てのがあるんだよな！
　千巌はワラだ！　ワラでできたかかし人間だ！　だからどーんとすがって頼るといいぞ！」
　大声をはりあげ胸を張り、どん！　と力強くぐーで叩く。
　その様子に対してなぜか、サヤが一瞬表情を曇らせる。

　そんな道中、いつもの光景。
　たわいない会話から、ちょっと重い？　会話まで、ごたまぜに飛び出す、いつもの光景。

　今日の話題の初まりは、帽子の中のケット・シー。
　そして次に“千巌はどんなこ？”という自己紹介。そこから“一揆に参加した理由”という話へと話題はくるくる流れて行った。

「千巌はもともとはかかし１００％だったんだ。だけど契約したら、かかし人間になれたんだ！」
　いわく、千巌は義体のおんなのこ——というわけではないらしい。むしろその逆、田畑に立つ一本のかかしだったという。
　それが使い物にならなくなって、棄てられて、朽ちていく間に、紅い花びらが舞い降りて、“ナニカ”と契約をしたことで、今のからだ——かかし人間となったという。
「自分で動いて話せて戦えるってすごいよな、千巌はいまがたのしいぞ！
　千巌はたくさんたくさんネクターを集めて、たくさん生命力も集めるんだ。その為に一揆に参加したんだぞ」
　使い物にならなくなって、棄てられて、朽ちていくだけの”終わり”。そこからキセキが起きた、エンブリオとの契約。
　そんな身上だからこそ、動けて楽しく、話せて楽しい。
　またたくさん動くということである“戦える”ということがたのしい。だけど動けなかった、“終わる”だけだった前もある。
　だからかな、“ボクがあんまりしゃべられない”というユノのコトバを、あっさり受け入れたんだろうなあ……。
　そんなことを思いながら、ぴんこぴんこ飛び跳ね続ける、満面の笑みをボクはぼうっと見上げていた。
「ひっく、なん、で……？　なんで、そんなこわいこと、しようと、する、にょ……？」
　ちょっと回復したのかな？　なんでもこわがるこわがりらいおん・マシェが千巌に問いかける。
「千巌は人間になるんだ！」
　きっぱりはっきり迷いなく、千巌は声を高らかにあげる。
　かかしと人間のあいだではなく、完全に人間になりたい。その為にネクターを生命力を奪うために、千巌は一揆に参加したそうだ。
「サヤは飛ばされてきちゃって迷子だから、自分の世界に帰りたい——だったよ、な」
　千巌に振られればこくりん、しずかにサヤが首を縦に振る。
　サヤは分割世界のさらに外の生まれだという。だけどある日いきなり前触れなく、メルンテーゼに飛ばされてきたらしい。
　いきなり消えたり現れたりする、キセキなまほーつかいのサヤ。
　だけど、その力だけではおうちに帰ることはできなくて、でもおうちには帰りたい。
　どうにかして帰る為、帰り方を探すため、エンブリオの力も借りたくて、それで一揆に参加することにしたという。
「マシェはなんで一揆に参加したんだ？　マシェも——ほらいとらいおんだっけ？　から人間になるために、一揆に参加したのか？」
「ち、ちがう、ですぅ……あ、あにょ……あにょ……」
　ごにょごにょと、いおうとしてるんだけどなかなか言えないのがこのマシェ。
　マシェはなんでもおうちでは、とある部族の族長の娘——メルンテーゼでいえば、おうさまの子ども——らしい。のだけど、おうさまも含めて周りがあんまりにもこわくって、それでこうなった……らしい。
　なんか、それって……いや、なにもいう、まい……。
　いつも何をいいたいのかすらよくわからないマシェなのだけど、でも千巌は辛抱強く付き合っていて、話題を振っては語りかける。
　そのせいか、割とこの２人はよく話す。
「ちがうのか？　じゃあ、なんでまいごになってたんだ？」
「あ、あにょ……それは、エルンテーゼにきたあと、で、いくとこりょが、わからなくって……」
「あ、そうだったな。じゃあ何でメルンテーゼに来たんだ？」
「そ、そりぇは……パパに、いわりぇ、て……花祭りがありゅって、きいてぇ……そりぇ、で、集落からにｇ……ううん。
　そりぇ、で、集落から、まほーじん、で、き、ちゃ、の……」
　おびえ声のマシェのコトバを聞いて今、顔がひきつったのが、自分でもわかった。


　祭り……よそから見たら、おあそび……？
　これが？　このメルンテーゼが？


　メルンテーゼにとってのアタリマエ、ネクターがおうさまに全部奪われての死活問題の大騒動。
　なくなってしまってふつーでは手に入らないのなら、それこそもってるどこからか奪うしかない。

　だからヘイムさんみたいな犠牲者もでる。
　だから、ヘイムさんみたいなことが起きたって、助けることが出来なくなる。
　だから、ルリアンナやラルフみたいに、おうさまを殺してでもネクターを奪おうとするやつも出る。

　——ボクが、そうだ。

　それ、を、“祭り”、だっ、て……？

　背筋で何かが一気に駆け抜け、ココロから冷たくなる。
　ブリキの顔も凍りついて、目がきつく顔がこわばっていく。

「祭り——祭りだな、いくさ祭りだ！　王様がひとりじめにしたネクターを奪う祭りだな！！
　いいぞ、いいぞ、千巌が全部倒してやるぞ！　ネクターも生命力も奪ってやるぞ！」

　みんな、そんなボクの変化になんか、ほとんど気づかず話している。
　いつも通りに話している。
　だってボクは顔が見えないよう、仮面をつけているのだから。

「そして千巌たちみんなの願いを、なにをしてでも叶えるんだ！」
　そんな中、えいえいおーと槍を掲げ、千巌は叫び声をあげていた。


　そのときの千巌のコトバは、間違ってないよ、な……。
　その時は思わなかったけど、後になって、おうさまの兵士を倒したあとで、ボクはそう思ったんだ。

　
　何をしてでも、ネガイを、叶える。
　その為に、ボクはここに、居るのだから。

　ボクはすでに死んだのだ。
　そう思えば、なんだってできるのだから。

シャリン——、シャリン——
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン——、シャリン——
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

シャリン——、シャリン——
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン——、シャリン——
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。