風がよく吹き抜け、涼やかな気温の日の夜更け。
明かりを幾らか落とした食堂で、未だあちらこちらのテーブルで雑談を続けている者たちがあった。
アステリズムの面々も、思い思いの飲み物を手元に置いてテーブルを囲んでいる。
テーブルの中央には細いロウソクが一本。
その炎は弱々しく、少しの風にも揺らいでいる。

「——宝石に力が宿るなんてのは、この業界じゃ当たり前の話だ。
　宝石にエンブリオの力を宿らせて使うやり方も、昔はあったらしいしな」

アステリズムの1人、スィナンが厳かに話し始める。
目の前には大粒のサファイアの裸石が1つ。

「こいつは俺の持ち物の中でも1番手を焼くシロモノでな。
　こいつは中に、何かが"居る"んだ」

サファイアを手に持ち、ロウソクに照らせば炎によってぎらりと輝く。
薄暗い店内の効果も相まって、それはいかにも不気味に思えた。

「前にアデルには、ルビーの話をしたな？
　あれはルビーの中に人が取り込まれる話だったが……
　ルビーとサファイアってのは元の石が同じでな。
　赤いのをルビー、それ以外をサファイアと呼ぶんだ。
　つまり、色以外は全く同じで、こいつにも何かを取り込む"力"があるんだ」

スィナンは裸石を、神妙な面持ちでアデルに手渡した。
アデルは恐る恐るそれを受け取り、中をのぞき込んだが石には一点の曇もない。
ただ、内部に傷の様なものがあり、それが見ようによっては羽の様に見えなくもない。

「今日はその羽根が見えるか、それならいい。問題はその羽根が見えない時だからな。
　——日によって、その羽根が見えない時が、あるんだ。
　そんな時は決まって町の中で死体があがる。
　そして朝になって死体の話題が起こるころ、また石の中に羽根が見えるようになるんだ」

ハッと気づいた顔で、アデルがルレイルの服の袖を掴む。
ルレイルの表情はよく解らない。興味深いのか、怖がっているのか、楽しんでいるのか。
スィナンは構わず続ける。

「そいつの中に"何"が居るのか、俺にも解らない。
　ただ、そいつは俺が最初に手に入れた時より随分綺麗になった。
　一体どこまで綺麗になるのか興味は尽きないが、
　一体何時まで俺が無事でいられるのかも解らねぇ。
　ある日お前らが目が覚めたら俺が居なくなってる——なんてことも、あるかもしれねぇ。
　その時はこの石を覗いて見な。
　ひょっとしたらその時にはもう、この石の中には何も居ないかもしれねぇが」

そこまで言って、スィナンは押し黙る。
しん、と場が静まり、誰も言葉を発さない間ができる。
アデルが不安そうにルレイルを見、スィナンを見、もう一度ルレイルを見たところで、
ルレイルがふっと笑って口を開いた。

「やぁ、興味深いお話でした」
「嘘つけよ、全然ビビってねーくせに」

スィナンがいつもの声の調子で軽口を叩く。
いやいや怖かったですよ、とルレイルと会話を交わすのを、
アデルが不思議そうに見守っている。

「次、お前さんの番だぜ」
「そうですね、では……」

今宵は3人だけの百物語。
尤もアデルは話さないので2人だけの怪談だが。
と言うかアデルが1番怖がっているくせに席を離れようとしていないのだが、大丈夫なのだろうか。
或いは怖すぎて最早1人で眠ることもままならないのか。

ともあれ、何でもない日常の1日が、こうして穏やかに過ぎていく……。

男の説明を熱心に聞きつつ、きらきらとした目で宝石を見回す

続く男の言葉に、アールは目をぱちくりさせる

そんなことを考えながら、アールは小ぶりな青い石を手にとって眺めてみた

青年から差し出された手を快く取り、清々しい笑顔を見せて少女は続けた。

青年の「けえき」という言葉に少女は瞳を輝かせ、期待を胸に手を合わせる。

少女の口から飛び出した「全種類」という言葉に青年はどんな顔をしただろうか。少女は気づかずにまだ見ぬ「けえき」との出会いに胸を躍らせる。

ネイベールはそう言うと、何か懐かしむようにクツクツと喉を鳴らして笑う。

何やら口ごもってからネイベールはスィナンに向き直った。

そう言うと、何がおかしいのか、またネイベールは小さく笑った。