「お前は留守番だ。」

　そう言って上司はにやりと笑った。

「え、でも頑張ってたらお付きにするか考えてやる、って言ったじゃないですか」

　だから今まで以上に頑張ってきたのに。
納得がいかないボクは鼻をすんと鳴らせた。
この場合の『考える』って、多分そういう意味じゃない。

「ボクだってコノエ様の教えを受けていますし、あの頃よりは大分できる事も増えたから、足手まといにはなりません。
　留守番しながら毎日女王様に想いを馳せるだけなんて、耐えられません。」
「駄目だ、と言っている」

　ニヤニヤ笑いのまま、上司が返す。

「どうしてですか」

　いつもの調子でからかわれてるとしか思えない。
ちゃんとした理由がなければ、納得できなかった。

「お前は詰めが甘い。
　その未熟さが元で女王陛下の御身に何か起これば——」

　瞬間、上司の目が鋭利な刃物のように冷たく光った。
　同時にボクの右腕が勝手に持ちあがり、異形の鉤爪が喰らい付きたそうに眼前に待機した。

「私がお前を殺す」

　ボクは何も言い返せなかった。
女王様自身、お強いので大丈夫だろうと高を括っている節があったのは否定できない。
傷を負ったり患ったりした所を見た事がないからなのだけども、だからといってどこでもそうである保障はない。
ボクの不注意で女王様が傷を負ってしまうなんて事があったら、ボク自身後悔するだけでは終わらないだろう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　わんちゃん
「良い子で留守番をしているんだな、ヴァオヴァオ」

　黙って項垂れるボクを見て、上司はいつものニヤニヤ笑いに戻ると背を向けた。



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　結局、ボクは休暇を取ってここに来た。
休暇中に何をしても自由だし、女王様達と会う事があってもそれは偶然だ。
女王様に同行しなければ迷惑をかける事もない。
それとなく探したりはするけど、確実に会える訳じゃないからそれ位は許されるだろう。
メルンテーゼに来て3日目の朝。
ボクは心の中でボクがここに居て良い理由を上司に向かって述べていた。


「ソルティさん…？」

　小さく裾を引かれる感覚に顔を上げる。
白い異国の衣をまとった小柄な少年が目に入った。
同行者のいさなさんだ。

　いさなさんは僕より小さく幼い感じがするので、多分年下だ。
フードみたいな布を深くかぶっていて、顔がよく分からない。
赤面症とかだろうか、言葉少なではないが口数もそんなに多くはない。
小さい子供だという事を差し引いてもなんだか放っておけない感じだ。

「すみません、ちょっと考え事を。」
「あの、そろそろ出発の時間だったので…。」

　いさなさんの小動物のような仕草を見ていると何だか無性に可愛がりたくなる。
頭を撫でてみたい衝動を抑えながら、僕は同行者達の元へ向かった。

「あ、ソルティさんおはよー」
　異形の生き物ショクシュイチゴーさんを従えた２０〜３０ｃｍ位の少女はミストリアさん。
妖精らしく、半透明の羽根が生えている。

「おはよう、ミストリアさん」

　ボクも挨拶を返すと、にはーっとした笑顔が返ってきた。
愛らしい童女の姿をしているので、つい抱きあげて愛でたくなる衝動にかられる。
連れのショクシュイチゴーさんはボクの左腕と同じか一回り大きい位の変わったミミズみたいな生き物だ。
いつもうにうに蠢いていて、見た感じは嫌悪感を持つ人もいるかもしれない。
他のショクシュがどうかは知らないがこの子は特に害がある訳ではなく、むしろ良い心を持っているらしい。

　既に旅支度を整えたらしい、同行者の一人にボクは声をかける。

「おはようございます」
「おはよう、ソルティくん」

　一番の年上らしいこの男性は異国の旅人らしい。
見たことのない変わった槍のようなものを用いて戦っていた。
このメンバーの中で恐らく唯一の大人だ。
少し話した程度だけど、飄々とした感じではあるが常識と分別ある大人という感じだった。
恐らく保護者として苦労する事になるだろう。
そう言えばまだ名前を聞いていない、後で尋ねておこう。

　物思いにふけって集合し損ねかけたボクを含めた同行者全員が揃った。
準備の最終確認をして、ボク達は進行を開始した。


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　彼らと知り合ったのは一昨日だ。
始めにボクは人混みと熱気で体調を崩したいさなさんと出会った。
いさなさんの状態から熱中症か何かだと判断し、ボクは飲用水を探した。
金銭でも解決できたが、通貨単位が違うためにそれもできなかった。
周囲に飲み水を分けてくれそうな者が居ないか探した所で、ミストリアさんと旅人風の大人に出会った。
二人が水を分けてくれたおかげで、いさなさんは元気を取り戻した。
旅人のくれた水はごく普通のものだったのでいさなさんに飲んでもらったが、ミストリアさんの分けてくれた水には何かうねうねした気配が混じっていたので飲用にするのは避けた。
その水を浴びたいさなさんの服のなかに緑色のうねうねした生き物が発生したのは、うねうねした気配のせいじゃないかと思う。

　ひゃっと叫びながら小さく跳ねたり身をよじらせていたが、それだけ元気になったという証拠でもある。
ボクは服の裾から覗いているうねうねを取り除きつつ、とりあえず安心した。
このうねうねは右腕の爪でつまむと硬直したので、腕よりは力のない生き物のようだった。
害意も感じなかったので傷つけないように丁寧に剥がして放すと、その辺をうねうね蠢いていた。
結構逞しい生き物らしい。

　関係ないが、移植されたのがこのタイプの腕だったら人間の生活エリアで苦労しただろうなあと思う。
常にうねうねしていると制御が難しい。
その上見た目のインパクトも強烈で悪目立ちしてしまっただろう。

そんな事をぼんやり考えつつ、ボクはいさなさんの体温を計った


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　この場所では4人まででチームを作って活動する事が可能というルールがある。
お互い特に同行者が決まっていなかった事もあり、これも何かの縁だって事でボク達は4人で行動する事になった。
というわけだ。

ボクは契約したエンブリオ達を連れて、今日の目的地へと歩き始めた。
出会い頭に戦闘が始まってもおかしくないと思っていたが、ここは割とゆるい。
敵対者と出会っても、実戦まで一日の猶予がある。
今日の相手は水浴びをしていた4人組の兵士達。
恐らくメルンテーゼの暴君らしき者の部下なんだろう。

思ったよりも早いテンポで事が進んで行く気がした。
一揆というものは存外簡単に成功するのかもしれない。
そうすれば女王様のお帰りも早くなって、ボクも国に帰る前に故郷の家族に会う時間が取れるかもしれない。
暫く会っていない家族の顔を思い浮かべながら、ボクは今日の目的地へ向かった。


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全く関係ないが一昨日見かけてつい声をかけてしまった、角の生えたモミジさんは、とてもいい気配をしていると思った。
無条件降伏したくなるあの気配は何なんだろう。

くすくすと笑い、ソルティの頭を軽く撫でる。

睨まれた騎士はやれやれと大げさにため息をついてみせた。