「言ってませんでしたっけ？」

けろっとした顔で尻尾を振るアニマのエンブリオにジト目を向ける。

聞いていない。

ネクターはエンブリオとの契約に必要なもので、エンブリオの「ご飯」は契約者の生命力。
その代わりにちょっと特別な力を貸してあげるよ！

だなんて話は一言も聞いていないし何も嬉しくない。

むさいオッサンと戦わされてげっそりしてたら、その精神的な疲労も癒えぬまま、テンションの高い少女に「さぁあなたもれっつ一揆！」みたいなノリで送り出されて、「しょうがねぇな…」とか状況も把握せず承諾してしまったのは絶対疲れ切ってたんだと思う、メンタル面で。

…現在メルンテーゼは面倒な状態にあるらしい。
ヒナと福莉が話していたのを右から左へ聞いていただけだが、異世界から人を集めてまでレジスタンス活動する必要がある状態だとか。
それでも俺はそんな活動に参加するつもりは毛頭なかったし、行きずりで巻き込まれた今も大して関心もなければ傭兵を生業とする身としては無償奉仕なんて冗談じゃないという気持ちもある。

だからといって

「あー、困ってる人を見捨てるんですかー？！
　メルンテーゼのひとたちじゃ追いつかないくらい逼迫してるんですよぉー？
　僕だって一揆でお役に立とうと思ったら一人じゃどうにもならないんですよぉ？！」

…と恨みがましげに言われると、話を聞いてしまった以上知らないふりができるほど器用でもなく。
ナユも、たまたま通りかかったのが俺だったというだけで、別に俺でなければならないことはないだろう。
途中でエンブリオを必要とする他の人間に預けてしまってもいい。
それに、逼迫したレジスタンス活動と言っても、本業の傭兵稼業に比べたらこの世界の様相はさして危険なようには見えない。
ナユを誰かに預けるまで面倒を見る…無償奉仕になるが、衣食を調達できる程度の支援は受けられるだろう。
…マイナスにならなければいい。
金勘定が絡んでしまうのは、何度も言うが職業病だ。

それに、ナユはなんとなくレイラを彷彿とさせた。
…男だけど。
普通に育って、普通の女の子として育っていたらこんな感じ（ここまでひねくれてないといいけど）に育っていたのかもしれない。
…そう思うと、少し情もわいた。
ナユは男だけど。

「ん、どうしました？」
感傷に浸りかけた俺の顔を覗き込む少年に、なんでもない、と軽く手を振ってあしらう。
一緒に小さな感傷を振り払うように。

「そこらへんにいるモンスターやら王様の手先やらをばったばったなぎ倒していけば、もっとネクターが手には入って、僕の力も上がっていくんです。
　そしたら、僕はどんどんリマさんのお役に立てるようになるし、引いては一揆にも貢献できるんですよぉ」

満面の笑みに裏があるのかないのか、こいつの場合はつかみ所がない。
なにせうまいこと利用されて引き留められる形になった矢先だ。
…けれど、その子供っぽい笑顔に、少しの間だまされて、手伝ってやるくらいならいいかという気分になる。

命がかかってくるようになれば無報酬ってのは避けたいが、…いざとなったら、俺はこの世界から離脱する方法もある。
師匠が座標さえあわせてくれれば、俺はこの世界から自分の世界へすぐに帰還することが可能だからだ。
メルンテーゼでヒナと福莉の二人と別れたら、急ぎ今の座標を特定してもらう予定だったが、異世界の座標特定は決して簡単な技じゃない。

師匠にはその作業を急かずにやってもらうとして、その間ボランティアでもしよう、と半ば諦めて決意する。

「…俺は無償奉仕はしない主義なんだ。お前がエンブリオとかいうわけのわかんない存在だから、俺の気が向いているうちは免除してやるだけだ」

ため息交じりの言葉に、ぱっと顔をあげて後ろについた尻尾（しっかりついてる）をちぎれんばかりに振る。
…まるっきり犬だ。

「まぁまぁ、旅は道連れ世は情けです！！
　改めてよろしくですよぉ！！」

本当の犬のように飛びつかれかけて、俺は慌てて身をかわした。






「……うるさい人たちですねー」
「……」
「あれはメルンテーゼの農家の人ですかね。鳥の羽根が生えてますけど、エンブリオではないみたいですね」
「……」
「…リマさん？」
「先行こうか」
「ふや？」

少し遠目に見えるのは、…いや、聞こえるのは、もう聞き慣れたと言っても過言ではない青年の声と、それに被さる女性のマシンガンもかくやの…あれは喝采か？

「これ以上の面倒ごとはごめんだ」
「……でも、困ってるみたいですよ？」

こいつは困ってる人間を放っておけないのだろうか。
それだったらいの一番に俺を解放してくれるだろうから、ただの好奇心なのだろう。

…あぁ、唐揚げか。

確かに不味そうだ。

……なんとしても無視して立ち去ろうと思ったはずなのに、結局お肉…もといユーグレに見つかるまで立ち尽くしていたのは、助け船をだすつもりだったのか、単に成り行きを傍観したかったのか…。
俺自身にもよくわからないが、結果的に発見され、何を言われる前に俺が確保し、そのまま合流することになってしまったのは何かの因果でも働いているに違いない。
そう自分を納得させないと色々やってられない状況になってきた。

…ていうかこいつはまたなんでここにいるんだ。
なんか俺以上に「一揆」について知らなそうなんだけど、ジャネは説明してないのか…？
それにしても、連れの女性が煩い。
本当に煩い。
前の世界でも、その前の世界でもいつもいつも常日頃ユーグレの口に唐揚げをめいっぱい詰め込んでやりたいと思っていたが、それ以上に煩い。
いつか彼女の口に原材料ユーグレの唐揚げを詰め込んでやろう。
俺の頭にそんな考えが浮かんだのは言うまでもない。

（しばらくカッカしていたが、ダークエルフの青年とそのエンブリオを見て）

（今度は歌う鳥を物珍しそうに見て）

（そして傍らの魔族の少女へ視線を移す）

訝しげにそう眉を顰めていましたが、暫くしてこれ以上いうのも野暮だと感じたのかそれとも、ヒナから発せられている殺意に気付いたのか何度か咳払いし、まあいいやといい。

二人のやり取りにヒナの表情がみるみる曇っていきました。

後ろに控え、ニコニコと様子を見守っていたメイドがそそと前に出てきました。

（相変わらず人がごったがえしている周囲。種族も携えた武器も、実に多種多様。のんびりそれらを眺めつつ、ちょっとした用事を済ませた帰りに、すれ違い様に視界に入ったそれに、興味を惹かれる。思わずまじまじと見つめているのに気付いたのか、肌の黒く耳が長い……所謂ダークエルフの特徴を持った青年がこちらに気付いたので、少し迷ってから結局好奇心優先で声をかけてみた）

（長身の女性は、ボウガンと思しきそれに視線を送っているようだった）

（根っからの武人気質なのか。はたまた一種の武器マニアか何かなのか。まじまじと青年を見詰めつつ解析する）

そっとその彼の頬に手を伸ばそうとする

（若干やけになっているのか空を仰いで喚く）

オレには力も器もないという男をみて少女はなにやらイライラしている

その間も男は盗賊団の制裁やリスクについて話をつづけているが
少女はそれを聞きながらなにやらプルプル震えていた
そして‥‥

少女は睨み返された瞳をしっかり見上げ強気の言葉を放つ