■Area：星屑の小川

風を切り、風を掴む。風精のかぎ爪。


鳥のかぎ爪のようなフックが枝を掴み取る。
ロープを伝って次々と樹々の間を渡っていく。
風精に後押しされ、軽やかに宙を舞う。
点在する平たい岩の上を跳ねるように駆けて行く、影。

イヨールノット

古き結び目。
浅黒い肌、銀の頭髪。
遥か南の地からの旅人。北へと流れ落ちた風の残滓。
リンテントポーゼ自警団では斥候及び、影としての汚れ仕事を担っている。
身寄りも無い、独り身の他所者故に。
ミチエはその能力を買い、彼を重用し、信頼していた。
腹心の部下として。


開けた場所に出た。くん、と鼻を鳴らす。
水の匂いが濃い。
そこに混じる僅かな異臭にイヨルは僅かに顔をしかめる。


小川のせせらぎ。
水妖たちの跳ねる小さな音。

きらきらと光を反射して水面が星のように瞬く。
ネクターの屑。石英の欠片。かつてエンブリオだったモノ。
価値の無いもの。価値を失ったもの。
川の流れに混ざり、輝き、脱落し、川底へと沈んでいく。


イヨルの報告を受け、他の者達も目的地へと到着し
今は休憩を取っていた。
太刀を杖代わりにした薄汚れた男が川辺にぼんやりと立っている。

サイ

苗字は不明。賽の目の、サイ。
先の一揆の参加者であり、生き残りのひとり。

その左足の先は欠け
その左腕は喪われ
頭部は大きく欠けている。

重傷者だ。放っておけば遠からず、死に至る。
だが、このまま死に往くのならばそれまでのことだった。
ただの使い捨ての兵隊だ。代わりはまた適当に見繕って連れてくればいい。
使う側としてはなにも傷むものは無い。

或いは、臨死の境を越えて行くのならば。
その可能性は決して高くは無いが、ゼロでは無い。

（……そうなれば、興味深い対象となるだろう。）

欠損した人体が、エンブリオを取り込むことでどこまで生き延びられるか。
どこまで戦うことが出来るのか。
それは人道に基づく視点などではなく
ミチエの魔女としての、人でなしの観点だ。

エンブリオを呪いを介さず、肉体に縫い止め
固着させられる例はあまり多くはない。
事故の結果、主が死に瀕した際に緊急回避として用いられることはままあるのだが
大抵は、どちらも生命を維持することが出来ずに互いを食い合い、共倒れに終わる。
サイの場合は、偶然が味方をしたのか。
天使に属すると思われるエンブリオであったことが幸運だったのか。

或いは、その殺意がろくに動かぬ躯を無理矢理にでも駆動せしめているのかもしれない。

気怠げな様子に目を細める

首切り役人、という言葉を聞いて反射的に身構え。

首根っこを掴まれたまま、じっと女の顔を見上げ。

ぶらんぶらん。

諦めの混じった言葉を受けとめては、口を歪めて笑った。