『新着メール：１件』

「——は？」

突然、小気味のいい音と共に、胸ポケットの長方形が震え出した。
その長方形の機械は、スマートフォンと呼ばれているものだ。
魔異のいた世界であれば、誰もが携帯していた情報端末。
この世界に来て久しくその用途を果たしてはいなかったそれは、此処にきて初めて『Mai』以外のアプリケーションを自動で稼動させた。
メールアプリが起動した為か、Maiはどうやらスリープモードに入ったようだ。

「……メール？　そんな、電波も無いのに来るわけが無い」

魔異がこの世界に飛ばされてからというもの、少なくない時が流れている。
その間、一度だってスマートフォンが何かの情報を受信することは無かった。

「いちいち充電する必要が無いところだけは助かっていたが」

電気に関するエンブリオの力によるものか、はたまた別の作用なのか、スマートフォンの充電は１００％を切ったことが無い。
いつも充電を切らすと後で妹がうるさいので、この点ばかりは有り難く思っている。

「……ま、一応チェックだけはしておくか」

右手の指先を画面につけて、スワイプ。
アプリケーションのレスポンスは迅速なもので、即座に着信したメールを開封する。

『夫がオオアリクイに殺されて３年が経ちました』

……ああ、迷惑メールだ。
少年は、今まで歩んできた青春時代を想起する。
『キモラノベ野郎』の伝説を欲しいがままにしてからというもの、自分と携帯でやり取りをするような相手は五人しかいなかった。
バイト先の店長（やたら優しい）と、『キモラノベ野郎』の名付け親（絶対に許さない）。半ば使命感だけで俺に連絡をしてくるクラスの委員長（俺の事が嫌いならわざわざメールなんてしてこなければいいのに）と、必要以上に俺の孤立を心配する教師（本当にやめて欲しい）、そして変わり者の後輩（未だに何を考えているのかよく分からない）くらいのものだ。

「……あいつ、まだメールを送ってきてるんだろうか」

メールボックスに並んだ、一行だけのメールや、写真が添付されただけのメール。
浮かんだ顔は、元の世界の学校の後輩だ。
いつも眠そうな目をしていて、思考を読ませず空気を読まない癖に、時折何もかもを見透かしたような言葉を紡ぐ、妙な奴だった。
自分のメールボックスは、もっぱら彼女の送ってきた『謎』のメールによって埋め尽くされている。
たとえば、それはセミの抜け殻の写真であったりとか、逆さに立てたマヨネーズであったりとか、妙なデザインの服を着せられた犬だとか。
本人曰く、『自分の見た珍しいものを人に伝えたい』のだそうだ。

「……今なら、なんだか分かる気がするな」

「たまには、俺の方から送ってみようか。届くのがいつになるかは分からないけど、この景色はきっと、『伝えた方がいいもの』だ」

——ピロリン♪

答えを聞き終わった後も、しばしじっと見つめています。

勘違いされたことを、少し後ろめたく思っているのか、落ち着かない様子です。

なにやら考え込んでから、顔を上げて、
目の前のマコトさんの存在を思い出したように、少し恥かしそうにフードをかぶりなおします。

いけないいけない、と、呟いてから、飛躍していた話を戻します。

　彼の右目に映る姿は、穏やかな笑みをたやさず。
　ただ、性格というよりは、それ以外の表現を知らないというだけなのだけれど。

　空中に指で文字をなぞって見せる。

一際煌めく鎧は、少年を見つけて歩み寄ってくる。

金の鎧は、少年が手にしている端末を見て

全然違う。

　ふいに一人の青年が声をかけて来た。物珍しそうに魔異の瞳をじっと見つめている。

そう、この青年もまたもと居た世界では“風”を操る力を持っていた。
生まれ育った世界が違うとは言え、同じく“風”を総べる者として、もしかすると魔異の『カゼヨミ』の力とも通じる何かを感じ取る事が ……

——できるわけではないようだ……。

コンクリートを割って生えている雑草の画像が添付されている。

立て続けに届いたメールの日時は、先のメールの3日後。
送り主の抑揚のない声が浮かぶような、酷く簡素な文面だった。