日常は取り戻せないなら、せめて日課だけは再開しようと思う。
これまで手放してしまうと、自分がどうにかなってしまいそうだから。

14日の夜中、魔物が村を襲ってきた。
幸い私の家は村の外れだったので、騒ぎに気付いて目を覚ます事ができた。
すぐにディラック——つまり勇者——と共に外へ出て惨状に気付き……そこでグリフ——エルフの男——から襲撃を受けた事と、強力な魔物が出現した事を聞いた。
それから、もう誰も助からないであろう事も。
ディラックと私は、それでも助けられる人がいるかもしれないと村に行こうとしたが、グリフの「使命を忘れるな」という一喝に、ディラックが動きを止めた。
使命が何だか知らないが、私には関係の無い事だ。私だけでも向かおうとして——意識を失った。
多分、グリフが当身をしたのだろう。
次に目覚めた時は森の中で、襲撃はもう終わっていた。
私は戻って、無事な人がいるのではないか確かめたかったが、それは二人に止められた。多分連中はまだ自分達を探している。見つかれば殺されると。

凄く、怒ったと思う。罵詈雑言もぶつけたし、殴りもした、見つかるリスクは覚悟の上で攻撃魔法も使ったかもしれない。
それでも二人は手を出さずに真剣な様子で私に願った。頼むから、助けさせて欲しいと。

結局私は折れた。折れたと言うより、諦めた。
正直な所、助けに行こうとした時も心のどこかでは思っていたのだ。
こんな事をしても無駄だったんじゃないかと。あの数に、あの規模に挑んだところで何が出来るんだと。
そうだ。私は見捨てた。生きているかもしれない、世話になった村の人達を。口だけ助けるなんてほざきながら、我が身可愛さに見捨てた。
馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。私は馬鹿だ。

死にたい。
けど、死ねない。
そこまでして生きたのに今更辛くなって自殺だなんて、それこそ理不尽だ。
辛いけど、もう私は自殺はできない。したら、負け逃げした卑怯者だから。


森の中。行き先は防備のしっかりしているところ。
後7日くらい。心が痛い。たまに不意に涙が出てきて困る。
今はあまりあいつらに話しかけてほしくない。
よく眠れない。悪夢を見る。起きても疲れが取れない。でもまた襲われるのは嫌だ。

…そういえば。

使命って、なんだろう。

実際、どちらでも良さそうな雰囲気だった。
魔王を名乗ってはいるが、誰かの指揮に入る事にあまり抵抗は無いらしい。

しばし顔を上げるのを恐れていた。時間が何分、何十分も掛かっていたような気さえした。

「……ハイ」

顔は真っ青になり、目の焦点がぐらぐら揺れる。恐怖の感情を露わにしていたが、思いのほか優しげな聲を掛けられたことで、それも幾分かマシになる。
扱いが幼子と同様のものであると勘付く暇もない。差し伸べられた手を震えながら取って顔を上げた。紫水晶の眼が揺れている。
という所でようやっとあなた様をしっかり視認出来た。

「ほ、本日はお日柄もよく、良い一日です。良い日光浴日和です。魔王閣下たるあなた様はいかがお過ごしでしょう、私は元気です。それはともかくとして……」

半ば支離滅裂な発言をとうとうと並べ錯乱した頭を言の合間に戻す。

「助けてくれてありがとうございます。すみません」

そりゃあもういろんな意味が込められた謝罪。あなたからすれば助けられたことへの謝礼と取られるやもしれないけれど。

時系列はラルフ大戦争の後〜

投げかけられた言葉の意味がわからず、それでも少女は何とか足を止めた。
振り返った先にいたのは、赤い髪の、自分と同じ年頃にも見える、女性か。

少女の声を遮って、ひょこりと顔を出したのはこれでも一応フェアリーのエンブリオのエティだ。
デビルだとかなんだとか言われても、特に気にした様子は無く。

ケラケラと笑うエティに代わって、少女がそう答える。
そしてすぐ直後、相手が名乗ったその言葉に眼を僅かに瞠った。

魔王とか。

　真っ向から言葉が跳ね返りました。相手の見た目が自分よりも愛らしい少女であっても、
全く遠慮など無く。大きな疑問を呈するように顔を傾けまして。

　こつんと自分の頭を小突いて苦笑い。若干ズレては居ますし、
妙な口調ではありますがどっしりしてます。

　意外な事に是非も無し。無邪気が不器用な気遣いをぶった斬りました。