エンブリオとしての契約を終え、契約主——ガルヴァニナーナとその主が住む部屋に戻って半日。

契約に至るまでの事柄は他言しないように、と言われたが、
ガルの主らしき男が外出したので、昨夜から気になっていたことについて聞いてみることにした。

祖竜とは何か。

聞いた事のない言葉でも大体の予想はついたが、それでも確認しておきたかったのだ。

「読んで字の如く、全ての竜の祖なる者、のことですね。」

他の世界にもそう呼ばれる方がいらっしゃるのではないでしょうか。

そう、まるで他人のことを言うようにタオルを畳むガルの姿は、ローブから燕尾服に変わり、美しい銀の角も蒼い鱗に覆われた長い尾も消えうせていた。

固く編まれた三つ編みと、畳の上に正座するその姿からは、威厳や存在感といったものが微塵も感じられない。

それどころか、本当に竜なのかすらも疑いたくなる。

「俺自身がそう名乗ったわけではありませんから。」

困ったように首を傾げる。

ならば何故その呼び名を使うのかと聞けば

「『黎明竜』などと、少々遠回しな呼び名に比べれば、分かりやすいでしょう？」

黎明…明け方、つまりは『始まり』の竜ということか。

ならば、全ての竜は貴方から生まれたことになるのかと問うと、ガルはあっさりと頷く。

「そうですね。　リーヴェルディースの各竜族の始祖は全て、俺が創り出しました。」

俺を祖と呼び始めたのも、彼らだったと思います、とカッターをハンガーにつるす。

「そして彼らの子孫…純血のままであろうと、他種族と交わり、その血が薄まろうとも、
　一滴でも竜の血を宿し生まれたからには、全ての者が、俺の『子』ということになります。」

例え本人が自分に竜の血が流れていることを知らなくても。

「まぁ、この世界にも、メルンテーゼにも関わりの無いことですから、そうお気になさらないでください。」

その無関係な世界に随分と長く滞在しているようだが、自分の世界はいいのだろうか。



しばしの沈黙のあと

「…我らが女神は、好奇心旺盛な方なんです。」

畳み終えた洗濯物の上に片手を置き、小さく溜息をついた。

どうやら、主と呼び慕っているあの男以外にも、『上』の存在がいるようだ。

今度はその女神について聞こうと思ったが、外から響く何者かの足音に、
会話を中断し姿を隠さざるを得なかった。

＞ティシアさん

走って来てしまったのだが、立ち止まり少し後悔する。

逃げてしまって申し訳ないと思いつつ、反省するのであった

　　　　　　静かにはたきを構え

　　　　　　襟元を正しながら周囲を窺い

*何かを発見して嬉しそうだ*

　*パンッ！　と勢いよく両手を合わせる。
　　 が、その手に挟まれたはずの草は影も形もなく。*