やなやつ。

やなやつ。

やなやつ！！！





　　　　　　　◇◇◇



近頃たまに、夢を見る。

あれは霧の中・・・森の中・・・？


白くぼんやりしたもやが、顔の、耳のすぐそばを漂っていた。
歩くほどに、白はいっそう深く、あくまで静かに、辺りのいっさいを包みこもうとしていた。


（忘れていたと、思ったのに）


耳をすます。
葉が風にゆれる音、どこかで木の実の転がる音。遠くで川の流れる音、鳥の鳴き声、虫の羽音。
足音さえしなければ、そう、いたって普通の。これはいつもの、いつも通りの。


（だめ、走らなきゃ）


足を速める。走る。駆ける。
白い霧は足元だけを器用に避けけれどその周りは、相変わらず白く閉ざされたまま。

霧のすぐ向こうから、あいつが顔を出すかもしれない。
もう、真後ろに迫っているかもしれない。
あるいは、逃げ切れた、大丈夫だと油断させておいて、思いがけない方向から、ほら、例えばこんな──


「・・・ひっ！」


──大きな手！

目の端に映った瞬間から、私の足は言う事を聞かなくなった。

ざあっ。
木の葉の滑る音、転んだ？　私？


「足・・・！　動いてよっ・・・！」

声が声にならない。
身体が、精神が宙に浮く、うごけない！

ああ、駄目、大きな手が、鋭い牙、熱い息、その瞬間から私はあいつの、たすけ────



　　　　　　　◇◇◇



「・・・うああああああああっ！！」


自分の声で飛び起きた。
うるさいあいつみたいで余計に腹がたつ。

身体は動く。手は握れるし、足もちゃんとある。

部屋を出たあたりでグリゴリとすれ違ってしまったけれど、
何も言われなかったので別に聞かれてはいないのだろう。

何時間寝ていたのか分からない。食事を一度抜いてしまったかもしれない。
なさけないことに、お腹はとてもすいている。

夢を見たくらいで食欲がなくなったりはしないし、
ジュリやリレッタさんは、料理、上手だし。


テーブルの正面に座ってたカミユやグレイマンには、赤い眼を見られたことだろう。

・・・部屋で食べればよかった。

アナタのすぐ目の前で、少女がぴたりと立ち止まった。
見開いた菫色の瞳は、その白い長い耳の帽子に向けられていて。

ぽんぽん、と手を払って仲間の様子を見てまわる……。

——リレッタの周囲を赤いエンブリオが駆け回る……。