初戦闘の感触は、実に満足のいくものだった。
　俺には敵——人魚だったらしい——の姿は蠢く水の塊のようにしか見えなかったが、特段労することはなかった。ミモザが攻撃の前兆を察知してくれたからだ。タイミングさえ掴めれば、姿形など大した問題はない。
　フィアもぎこちない部分は見受けられたものの、筋はいいようだった。ナビもそんなフィアをよくフォローしていた。今後も足手まといになることはないだろう。本来の役割を考えれば、充分すぎる程だ。

　やはり、俺の勘は当たっていた。
　俺が『ヘイアン=ディヴァータ』として機能するに足る力は、既に揃っている。
　最高の幸運に恵まれた。これ以上を望むべくもない。

「今回の戦闘でいくつか分かったことがある。まず——」

　後は、己の力で切り開く。
　実感として、そう思えた。

——・——・——・——・——・——
　深夜。
　仲間たちが寝静まったことを見計らい、そっと抜け出した。
　日が暮れるにつれ頭に響く鈍痛は増していき、些細な夕食を取る頃には目の奥を抉るような激痛へと変化していた。
　その上で平静を保つのは凄まじく精神を擦り減らしたが、それでも弱った姿を見せるわけにはいかなかった。PTの不安要素にしかならないからだ。
　信頼を確たるものにすれば、自身のこの状態は使いようもある。隠し通せるのならそれでよし、明かすにしてもまだ早すぎた。

　河原に腰掛け、注射器を取り出す。首筋に注入口をあて、引き金を絞る。
　無機質な擦過音と同時、体液に異物が入り込む不快感。

　総毛立った肌を摩り、瞼を閉じて詰まった息を吐き出す。
　幾度となく繰り返してきたが、この感触には一向に慣れる気配がなかった。
　
「ふーっ」
　
　あらゆる感覚が少しずつ蘇ってくる。
　水面を嘗めて吹き上がる夜風が脂汗の滲む肌を撫ぜていく。
　暫くはその心地よさに身を任せ……波が引くのを待って、目を開けた。

「……？」

　あまりにも強く結びすぎて、未だぼやけた視界の中でも。
　帳を裂く程に、光が満ちているのが分かった。
　昼間に考えた通り、星が“落ちた”のだろうか。

「——いや」

　違う。
　垂れさがった草の先端に実る果実が、ぼうと淡い光を灯し。
　その明かりに照らされて、昼間はただ黒く湿っていた岩が虹のように色彩を揺らめかせている。
　闇に浮かび上がる縁取りの中で流れ落ち、ぶつかり跳ねる水滴の一つ一つもそのまま空に立ち昇っていく。

　地上に散らばった星の光は、流れの中で織り紡がれ。
　そうしてまたやがて空へと還り、瞬きを降らしていくのだろう。

　——落ちた天使が、ほつれた翼を直してまだ旅立つ。
　遠い昔に見た寓話の一説を、思い出す光景だった。

「『星屑の小川』、か」

　すぐに戻るつもりだったが、気が変わった。このまま一服していくのも悪くない。
　そう思い、コートの内側をまさぐり——気付く。
　煙草もライターも、ミモザにやったコートの方にあるようだ。普段大して吸わないものだから、どちらに入れたかなど完全に忘れていた。

「天使に嫌われたかな」

　反射的に口を突いて出た冗談に、苦笑する。
　頭を振って、佇まいを直した丁度その時。……野営地の近くの河原に、闇に溶けるような色合い上着を羽織った少女が座り込んでいるのが見えた。