「にゃー」

すり寄る黒猫の背を撫でる。

“彼”は、先日突然襲いかかってきたケット・シーだ。
ニボシを差し出したところあっさり敵意を消して懐いてきたので、
今後の旅の手伝いをお願いしてみたのだ。

「いいよ、ぼくひまだし、メルメルは、おいしいものくれるからね」

どうやら契約によって力を得たことで、
人との意思の疎通が可能になったようだ。
声帯を介さずに言葉を発するというのにまだ慣れていないようで、
時々喉から、にゃー、と音がもれる。

「エンブリオとしてけいやくをするの、はじめてなんだけど、
メルメルからながれてくるちからが、
ぼくのなかで、すこしずつなじんでいくのをかんじる。
つよくなれるのは、うれしい」

うにゃ、と猫が目を細めて奇妙に笑う。

「私も仲良くなれて嬉しいです〜。よろしくね、猫ちゃん」
『ねえねえ！君は名前はなんていうのっ？』
「んー、とくにないよ。むれにいたわけでもなかったから」

それを聞くと、通信越しにパラパラと本をめくる音がする。
おそらく、曾祖母の残した本の中でも特にトーリのお気に入りの、
『異世界言語の辞書』だ。

「トーリのつける名前はいっつも長くて覚えにくいのよね〜」

ハニさんことツィノーバーロートのほうを見やり、溜息をつく。

「うっ、わかったわよ。ええと…眼の色が灰色だから、グラオとかどう？」
「ぐらお…グラオ、グラオ……なまえ、か。ぼくをしめすなまえ…」

どうやら気に入ってくれたようだった。

「ふふ、改めてよろしくね、グラオちゃん」
「よろしく、マスター」

こうして、のんびり屋のメルメルとその旅の仲間に、
新たな道連れができたのだった。