なんでか巻き込まれた男、不動千影。
なし崩し的にどころか、自ら一揆に加勢することを決めた。偽の契約まで行って。
少々迅速過ぎるこの決断にも、理由がある。

自分の魔術が使えない。

それはこの世界にやってきた直後、ラルフの腕試しの時点ですぐに理解した。
まったく使えないのなら、良くはないが、しょうがない。
「自分の想定していない」魔術が発動してしまったことが問題だった。

分割世界のみならず、様々な世界に魔術や魔法は存在する。
全く存在しない世界も当然あるが、殆どは科学の進歩により淘汰されたということが多いだろう。
科学も魔術も平均的に発達している千影の世界は、比較的レアケースと言えよう。

不動千影の使う魔術は、その世界において「汎魔術」と呼ばれる。

脳に記憶した魔力発動と変化の方程式を組み合わせ、
内気（オド）というペンで世界という解答用紙にそれを書きだし、
魔術の発動という答えを導き出す。

ただし、方程式の形は人や師それぞれなのが、数学などとは違うところ。
汎魔術においては呪文詠唱や格式ぶった動作は、個々人の集中力を高めるためのアクションに過ぎない。
重要なのは発動式のイメージと、発動後にはどうなるかという理解力。
その二つがしっかりしていれば、無音無動作でも発動できるのが汎魔術の強みである。
学問という形で納められる汎魔術だが、むしろこれはスポーツの技術寄りの代物だ。
言ってしまえば魔力発動が「ボールの投げ方」であり、魔力変化が「様々な球種に変えるボールの握り方」と言ったところか。

ラルフに唐突に襲われた千影は「フロイント」という魔術を使おうとした。
魔力を物理的存在として構築し発動させる、多くの魔術の中でもシンプルで扱いやすい。
大抵の場合、剣や長い棒のような形でイメージするように指導されるが、慣れてくればいくらでも形状を変えてゆける。
イメージと理解力の構築の訓練にもうってつけ、汎魔術の基礎の基礎。野球で言えば基本のストレート。
千影曰くの「フロイント」を食らったラルフは直接打撃など受けず、魔力を奪われ、その余波にてダメージを受けた。
真っ向勝負の豪速球のつもりで投げた魔術（ボール）は、ゆっくり深くえぐり込むスクリューボールであった。

これはまずい。自分の想像通りの結果ではない。
汎魔術の理論で言うならば、発動すること自体不思議なレベルのズレっぷり。
身一つで依頼をこなすCクラスハンターにとって、想像していたものとは別の効果の魔術など恐ろしい以外の何物でもない。
異世界だろうが一時的にであろうがなんだろうが、己の手札の確認は早急にしなければならなかった。
そしてこの手札が、おそらくは自分だけの手札ではないということを想像したのは、エンブリオとの契約の話を聞いた後。
使い学び、見て学ぶ方が早かろうというせっかちで切実な理由であった。