「せんさまー」

寝てる最中にひらひらと顔を覗き込んでくる。

「結界に侵入者のようですのー」
「あー…　そりゃ面倒だな」

ただ結界を張るだけの仕事だが、異常を察知したからには確認はしなければならない。
そう思って居眠りしていた椅子から腰を上げ、ただふらふらと建物内を歩く。
侵入者に遭遇しても面倒なだけだが、反応があった場所に留まるものもいない。
だから、偶発的な遭遇に任せて歩く——遭わなければ面倒事を処理する必要はないからだ。
しかしそれは適わないだろうとため息を吐く。そういう風に働いてしまうのだろう、と。

「せんさまー、あっちむいてホイ」

この小娘は暇をもてあますとすぐ何かをしたがる。今日は暇すぎて遊びたいようだ。
ホイですのー、と不意に始まった遊びを無視する。
そうすると躍起になって指を振ってくるのだから、七度目で仕方なく指の方向に顔を向けた。

「勝ったですのー」
「……ああ、俺の負けだ」

目が合ってしまったからには、避けられないなと。

*

——苦無が迫る。

飛んでくるソレを粗く衣で捌きつつ距離を取ろうとするが、
相手が肉薄すると刃が走る。

（こりゃ致命傷だな。それは“避け”よう）

避けられなかったタイミングだが、不意に出た掌が刃の横を弾く。

そうして距離を取って——対峙する。


想定以上に相手の技術の高さに辟易しながらも、
飛んでくる苦無、肉薄する刃や体術を致命傷だけは回避する。

それを4度——致命傷のタイミングを無傷がひとつ、軽傷ふたつの重傷ひとつに置き換えて。

致命傷を捌くことだけに注意し、反撃はそこそこ（無傷の際に止まった相手に蹴りを入れた）だが
相手に疲労の色は見えないため思わずため息を漏らす。

結界を張って、侵入者の足止め。依頼人の逃走が基本的な“仕事”だ。
だが、現状が続くと流石にこちらが危ういためどうしたものかと思う。
それ以上のことは——したくはないが。

「せんさま、逃げてばっかですの」

偶には反撃してる。当たらないのもあるが。

「もっとこう、がつーんとかずがががーんとかがみたいですの」

建物の中でそんなこと起きたら困る。

「ばしゃー！とかばりばりー！とかめらめらー！とか」

水攻め、電気攻め、火攻めか。拷問か。

「めらめらですのー」

なんで二度言った——と思ったのも束の間、その意味を悟る。

ごぅ！と音がしそうなほどに、青白い炎。
“威嚇”する火花が、“燃やし”、“攻め”て、眼前に迫る。

舌打ちしながらも、笠を叩きつけるように炎の盾とする。
“燃え”ないとする。　


「あっつ！　あっちーな…　全く」

かたん、と転がり焦げなかった笠を拾い上げてまたかぶる。
笠の陰から漏れた炎の熱気に当てられたものの、直接被ったわけでもないので傷は浅い。

火を放った方といえば、黙してじっとこちらを睨んでいた。

「おぬｓ「せんさまー、大変ですの」——」

「……なに」

「結界が解けてますのー」

改めて認識すると、確かに結界が破れていた。
原因はおそらく“守護対象である人物の喪失”だろう。そういう結界を張っていたのだから。
正確には逃げたい・隠れたいという力を強化したもの／結界なのだ。

憮然とした態度でため息を吐くと、言葉を遮られた男に向かって口を開き

「俺、帰るわ。雇い主が亡くなったみてぇだし」

何か言いそうな小娘の口を押さえて、一歩退く。
正直疲弊しそうなのでこれ以上やりたくはないが、向かってくる場合は仕方ない。
そう思っていたが、少し考える素振りを見せると相手は踵を返すように消えていった。

気配が完全になくなったところで手を離すと「ころすきですの！」とおかんむりな顔が見えた。


*


庭の巨木に、神木としての力を真っ直ぐ上乗せする。
神木として、いっそうこの木はこの家を、家人を護るだろう。“そういう方向に強める”。
花が咲き、白い花びらが舞うような姿を見せる——わけでもなく。
過去にも、主にそういった方向で仕事をこなしていたためこの手の作業はなんなく終わった。

「お茶でも如何ですか、大楠様」

「いや、すぐ戻るって言ったからな」

と言って淹れられた茶を座りもせず呷り、ご馳走さんと家人に声をかける。
茶々をつけているから、適当に歩いていけば遭うだろう。
笠を手に取り老齢の女性に目を向けると、彼女はにっこりと笑って

「私は大丈夫だからとお伝え下さい。あの子の姉たちも時々きてくれますしね
　少々思い込みの激しい子ですがあの子のこと、巳南様ともども宜しくお願いいたします」

と、頭を下げる。それは心の底から、龍貴を心配してのことだろうか。
だがその心に応えられそうなものは持ち合わせていない為、生返事で受け答えをする。

「ま、なるようにしかならねぇよ」

武器を構えた兵士を見、心細そうに嘆く。

（ですのー、ですのー　と　かまびすしい方をちらと見る）