そこにいるのは自分一人だった。
　毎日のように雑巾がけがされた床はホコリ一つ落ちていない、二十人ほどの大人が一斉に稽古を行なっても十分な余裕がある広さだった。
　フィーナはその中心に正座していた、見慣れた風景についため息をつく。

　夢のなかの彼女は当然ながら今より若く、今よりも表情が柔らかかった。これから起こることを理解していないためだろう、その表情に陰りはみられない。

　遠くから足音が聞こえてくる、その性格がわかるほどに規則正しく優しい足音だ。道場の入り口でぴたりと止まると数秒後に扉が開かれる。
　夢のなかのフィーナはそちらを見る。夢を見ているフィーナはそれを見ないようにする。
「師匠！」
　うれしそうな声は

　悲しそうな声と重なり、彼女は目を覚ました。
　水辺に張ったテントの中にも小川が流れる音が聞こえていた。体をゆっくりと起こすと寝間着の上にマントを羽織り外へ出る。
　星屑の小川と呼ばれているこの周辺は、日が落ちたあとでも光を放つ鉱石や苔のおかげでぼんやりと明るかった。名前のとおりに点々と存在するそれらが星空にいるような錯覚を覚えさせる。時折水底を尾を引きながら流れていく光は正体はわからないものの、流れ星のようであった。願い事を言う人もいるかもしれない。
　フィーナは何も考えずにそれを眺めて、頬に流れていた涙に気づき上着の裾で拭き取る。
　そのまましばらく水流を見つめていたがなにか思いついたようでテントの中に戻ると、二本の棒を持って戻ってくる。
　長さの違う二本を両手にそれぞれ持ち目を瞑る。一つ息をついて足元を確かめる、砂利の感覚が足の裏から伝わってきた。
　目を開いて二刀の型を一つ二つとこなしていく。ゆっくりと動き出してぴたりと止める。体が覚えた動きは忘れることはない。

　褒められたわけじゃない。剣が軽いという事を遠回しに言われたのだったけれど、フィーナはその言葉を喜ばしく受け取っていた。もちろん真意は知っての上だ。
　その評価の通りに悪い足場の上をステップは軽く、二刀は舞うように型を描き続ける。

　その答えを知ることは出来ない。それを見てもらうことは二度とないだろうし。
　それでも、今自分ができる全力で彼女はすべての型を終え、いつの間にか起き出してきた男性とエンブリオたちに向き直る。

　そうふられて最近契約した彼女は驚いた表情を見せたが、すぐに首を横に振った。
　確かに水中に住む彼女にはうるさかったかもしれないとフィーナは軽く謝ってから手をたたき、指示を出す。

　全員がそれぞれに返事をしてくるのを聞いて、彼女もテントの方へ歩き出す。その途中でグレイへ目を向けると質問を飛ばした。

　グレイはその質問にふさわしい答えを探していたふうだったが、目をそらすこと無くはっきり答える。

　フィーナはその言葉を自分の中に落ち着くまで待ってからそうだよね。と言う。
　私達の世界に悲しくない夢を見れる場所はたぶんない。比べればこの世界はまだまだ手遅れじゃない。
　先に進まなくちゃいけない。できることの全てをやって、出来ないことに圧殺される日まで。

微笑んでから一礼。顔を上げたときには、表情は消えていた

息をつくと同時、雰囲気が緩む。