そうやって、心にも思っていない事を口にしつつ、私はベイビーの要望に応える。

なでなで。なでなで。

熱くない炎を犬をあやしてやるかの様に何度も撫でてやる。

なでなで。なでなで。

少し待たせちまった分を掻き消す様に何度も撫でる。

言葉にするより、行動や態度で示した方がベイビーは分かってくれるんだ。
私もそっちの方が分かりやすいし、やりやすい。

繰り返しているうちに温かい炎が胸に広がっていくのが何となく分かる。
こういう時間は神様が許してくれる限り、味わっていたいモンだが…
生憎、私ン中にいるナニカはそれを許してくれない。全く…　スパルタだねェ。



——それから、どれくらいの時間が経ったか。
互いに満足し終わった私達は、王城前から移動を始めた。
しかし、その歩みは思いとは裏腹にゆったりとしたものである。


「なるべく誰かと一緒に進むようにしたほうがいいわよ！！」


別れ際、アンナは助言をくれた。
誰かというのは、当然ベイビーを指している訳ではない。

一揆のお時間を楽しむためにゃあ、役者が足りな過ぎる。
いくら主役の私が頑張ろうとも、脇役がいないと劇は成立しない。
独りよがりで一人気持ちイイってのは、外から見ると滑稽なモン。道化にゃあなりたくねェ。

…そうこう考えるうちに、いつの間にか人の波が出来つつある事に気付いた。
あんまり海に行かねェから気付くのが遅れちまった。
とりあえず、波乗りの目的地は…　えーと…

……目がイイおかげでバッチリ見えたぜ。
人の波は一箇所へ向けて進んでて…　その先には麦藁の女と…　筋肉ダルマの、おっさんが…

って、ありゃあアンナと付き添いのおっさんじゃねェか！

…何てこった。巻き込まれた波で振り出しに戻されるとは情けねェ。
このまま付いたところで、これ以上の支給品やネクターがもらえるなんてこたァない。
せいぜい、何処と無く気まずい空気の中、「今日はイイ天気ですね」だなんて
当たり障り無ェクソみたいなキャッチボールしておしまいだ。高波や渦潮よりも性質悪ィ。

そうと分かった以上、このまま飲み込まれる訳にゃあいかない。

波を掻き分けて逆走。仕方ないとはいえ、肩がぶつかったり何だりの抵抗がある。
時折舌打ちも聞こえて来たので、ダッシュでぶん殴りに行ってやろうかと思ったが
大人な私は静観してやった。声覚えたから、次会う時まで首洗っとけよクソが。

フラストレーションを犠牲に、順調に泳いでいく。
この調子なら、陸地に上がれるのも時間の問題。そう思っていた矢先…

クラゲにも刺されたのか、チクッと刺すような痛みが髪に奔る。

刺された場所にはボタンが引っかかっており、犯人の野郎も視界に入った。
数秒前の私だったら、膨れ上がった我慢を思い切りぶつけてやってたはずだろう。

しかし、引っかかったボタンをまじまじと見たことにより
そんな私はここではない何処かにタイムリープしてしまった。

私の記憶が確かならば…　いや、忘れる訳がない。
ジジイやババアから耳にタコが出来るくらい聞かされた話だ。



あのボタンに刻まれた紋は——

首筋を掴まれたままぶらぶらと揺れ。

自らの口、精巧に作られた白い歯を指差し。

真正面に迫った額に額を合わせる。刺すような視線に僅かほども怯まず睨み返す。

マシリーが間合いを取ったのを認めると、コキコキと首を鳴らし、地面に唾を吐く。
口調は辛辣なまま。だが声音は少し険が取れたように思える。

熱気と流れる汗に、不快感を露わにする。

対峙した面々を舐めるように見回し、ニィと口元を歪める。

アレジッタを力強く指差し、皆にも伝えようとする。