気楽すぎる革命だと思ったわけではない。それぞれの参戦者にはそれぞれの動機があり、エンブリオというこの世界固有の力を手にすることでいささかなりと引き出せる利害の経理こそあったにせよ、みな命の無疵ではゆかないそれなりの賭け金を皿に載せているだろうことはわかった。一夜にして庭には血の匂いがあふれていた。人喰い狼に噛み千切られた者たちの失血、ゴブリンに引き裂かれた者たちの失血、庭の生物たちを諍いの先に斃し、あるいは退けた者たちの返り血……一夜を経て周囲の空気は明らかにひとつ変じていた。戦いはおそらく想像された以上に困難であり、けれどまた現実のものとなってから先は打つべき対策の筋も何手かは見えていた。革命は争いの勝利が夢見られた時に一段階粗暴さを増す。

だから、気楽すぎる革命だと思ったわけではない。人は段階的に革命に呑まれていく。はじめは他人事だったはずのものが、徐々に自ら引き受けた闘争や勝敗へと変わっていく。革命はごく初期の発生段階においては、個々の成員にどうしても気楽さを赦さずにおかない。革命とは奪われたものを取り返すことだからだ。はじめそれは、奪われているという自覚さえないままに掠取が構造化されている。そして人は構造の内に安んじている。構造とは政体の謂であり、自らの投げ棄てられてあるところの世界の謂だ。奪われている構造を変革しようとする時、そこには破壊が伴われる。破壊は構造から人が得てある利益をさえ破壊する。だから反革命の思想は奪われている自らのありさまを自ら引き受けたものとして肯定する……かくして革命は他人事になる。奪われていることに痛みを覚える者のみが銃を取れという理路になる。このように用意された無痛は気楽さをもたらす。

けれど奪われていることはいつか回帰する。亡霊のように。心へ届かぬよう迂回させられた痛みは、迂路を経てやがて辿り着く。遅延した手紙のように。すると痛みとともに革命精神は首を起こし、一人また一人と革命は自覚的なものとして組織される。……

どうした道筋が人を主体的な革命へ導くかはわからない。けれどはじめのうち、革命は主体的なものではない。それが革命者の顔へ変わる時……その時の顔はいつ見ても満足を覚える。人はそれぞれに違う個々の物語の当事者性の裡で戦士になる。個々の掠取を、個々の暴力を、個々の不遇を、それらへの個々の怒りを通じて。私にはその時の顔がいつも愛しい。

《世界に害をなす虫けらめ》という声が脳裡に残響している。パラダイス方の兵士が口走ったものだ。世界に害をなすという語りはある意味で正しい。革命は渾沌を処理するために構造された世界を、その構造の暴力性に頷かないがために一度破壊するのだから。体制側の彼らにも一柱の依って立つ理論があり、守ろうとするものがある。反抗者の正義感があるものと同様、支配者の正義感がある。この二つはいまあまりに断絶され、架橋するものがない。戦闘行為のほかには。民たちに一理があるように王にも一理がある。引き裂かれたふたつの理にあって、それでもなおひとつを選びとる、その時の人の顔は美しい。私は単純さを好まない。けれど苦悩にとどめが刺されるあの一瞬は微笑ましく思うことができる。

平原をゆく人波へ、当て所もなく視線を巡らせていた。
睨め付くような眼差しの女性、その長身は群衆の中でも目を引いた。
けれどもその早い足取りに幾許かのよろめきが過ったように見えて、つい口を開く。