二つに一つの

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　黒縁の眼鏡と金属製の眼鏡ケース。
　指先でなぞれば、質量を伴った幻として“彼”が現れる。

「ねえ、ラファエル。少し聞きたい事があるのよ」

　愛称のレイフではなく本名のラファエルと呼ばれた時は、ろくでもない事になると信じているのだろうか。
　そこそこ端正な顔をゆがませて、申し訳なくなるほど腰が引けている。
　別に取って食いはしない。
　そもそも、食われるのはわたくしの方だろうに。

「答えられる範囲で宜しければ」
「貴方のお姉様方が1ダースほど詰め掛けたときがあったわね。あれは3年前の冬だったかしら？」

　思いがけない質問だったのだろう。
　彼は一瞬だけぽかんと口を開ける。お前は何を言ってるんだ？　と言わんばかり。

「いいえ、4年前の夏ですよ」

　ただし、呆れも長くは続かない。
　応じてすぐ、意図に気付いたのか苦笑いを浮かべる。

「本人確認ですか？　大丈夫です。昔の事は何一つ忘れていません。
　渡り歩いた戦場も、生きてきた土地の名も寸分違わずに思い出せますよ」
「保証は無いでしょう？　貴方の記憶でしかないのだもの」

　本人は笑い飛ばそうと、こちらにとっては死活問題。
　見知った顔だからと油断をすれば、ツケを払うのはわたくしの方となる。

「相変わらず、魔術的な事象にだけ手厳しいですね。
　ご安心下さいな。与えられたエンブリオとしての能力と、その行使の仕方以外は何一つ変わっていません」

　僅かにため息をつく。

「それで、今度は何の用です。
　世間話如きのため、命を賭けてまで呼び出さないでしょう？　僕なんぞ」
「そうね。ノームにも貴方と同じ術を施そうと思っているの」

　わたくしの“エンブリオの使役法”は単純。
　ネクターと共に遺品を捧げ、彼らの表記を上書きする。
　亡きパックの人狼達の魂を対価に、彼らを常世に呼び戻すだけ。

　ノームの力を見、相応しいと思った遺品は一つ。
　トランクの中から拾い上げられた“指輪印”を見るや、彼は驚きに目を見開いた。

「呼び起こすのはオメガの方ですよね」
「そのつもりよ」

　もう片方の手をトランクに差し入れる。
　拾い上げた物も“指輪印”、先に手にした物と寸分違わない。

「だけど、同じ指輪印は二つあるの。
　わたくしを“ばあさん”と呼ぶ方を起こしてしまったら、ちょっと困った事になるわ。
　私の首が繋がっている間に、彼を押さえつけてほしいの」

　刹那、衛生兵は口汚く罵りの言葉を口にする。

「彼の方が上位の人狼です！」
「大丈夫よ。エンブリオとしての実力は貴方の方が上だわ」
「実力なんて問題ではありませんよ。
　狼の社会は階級社会です。上に逆らって負けたりしたら、僕はここに居られません！」
「あら、忘れたのかしら。人狼パックの階級なら私の方が上だわ」

　怒り故に目を細め、強い視線を叩き付けてくる。
　しかし、長続きはしない。
　結局のところ、女子供にすこぶる弱い“いい人”なところが、彼の最大の弱点だろうか。
　彼の12ダースの姉たちに感謝しなければならない。

「承知しました。お任せしますよ、僕の運命をなにもかも！」







　Adversity is the first path to truth.
　此度はまさにその通りだろうか。







ヒューバート・ガイ。

他のパックから流れつき、ロルのオメガとして収まっている青年。
文字としてのオメガと同じように、人狼パックのオメガも群れの最下位に属している。
群れの裏切り者を始末する“味方に向けられた銀の弾丸”。
パックの誰からも嫌悪され、居ないように扱われる苦しい仕事。

ただし、ロルにはオメガの出る幕など無かっただろう。
実際問題、おれの居場所が他とは違う——と、ぼやいていたのを聞いた事がある。

何の罪科も犯していない若い狼が、オメガに身を落とす羽目になった理由。
それは、彼より30分ほど遅れて産まれた、弟の存在に他ならない。

兄が何であれ、弟はアルファ資質の狼だった。
兄であるが故に、弟の人生を邪魔する事無きよう、彼は望んでオメガとなった。
汚れ役は、けしてパックの頂点には立てないから。

鏡写しによく似た双子。
姿形は同じでも、彼らは決して相容れない。
兄が弟を愛しても、弟は兄をなぜだか憎む。
兄が肯定する物すべて、弟は完膚無きまでに否定する。

それでいて、兄は生まれついての密偵で、弟は優れたポイントマンという皮肉！
ふたり共に揃わなければ、互いの役目すらままならない。

だからといって、敢えてふたりを揃えられなかったのも、
兄がわたくしを信用し、弟はわたくしを殺したいほど嫌悪しているという、
鏡像双生児故の特性から来ているのだから笑えない。



太陽として生きるべく産まれた片割れのため、影として生きる羽目になった男。
事実を恨むことはなく、運命を甘んじて受け入れた聖人君子。

彼は大地に潜み音もなく敵を狩る。
その身を土塊にまで落とし込み、存在すら無かった事にして食らいつく狩り手。
土の中。彼が真に埋めたい物は、彼自身の肉体だけでは無かったろうに。

老婦人のほうをチラリと見やる。

　呼ばれたエミリーは全く話を聞いていない！
　馬車の中でタブレット端末相手に何やら楽しそうに話しかけている。
　ひとしきり話し終えると、エミリーは端末を片付けて馬車の乗り口の方へと顔を向けた。

　自信ありげにそう告げる彼女。要するに別世界からエンブリオの調査等をするために一揆に加担しつつ営業もしよう、という話らしい。

世界を超えても尚通じる端末に、興味と興奮を押さえ込めないようだ。
次は何をプロモーションするのかと、ワクワクした様子で見つめていたが……。

根拠のない自信の元、にっこりと微笑んでみせた。

御者台から三人を乗せた荷台へと振り返る青年の頭にはたくさんの疑問符が浮かんだ顔を遣すが…

とりあえず気にしないことにしたのか、鷹揚な笑顔をニカッと返した！

うんうん、と何に納得したのか頷けば、まっすぐ幌馬車が進行方向へと姿勢を正す。

楽しそうな声でぐっと手綱を引き締めれば——

自信にみちた瞳で再度振り返れば、三人にそれぞれ気軽なウィンクをとばしてきた！

　いきなり言われのない罵声を浴びせられてカチンと来たようである。
　エミリーはししょーの静止も聞かずに飛び出すと、ベルトポーチからグレネードを一つ取り出すと戦意剥き出しで兵士に対して視線を向けている！

睨む視線は、ここまで運び屋がみせたことのない鋭さを孕んでいる！

黒焦げの兵士を足で転がしている。

　黒焦げになるまで叩きのめしてから、腕を組んで兵士たちを見下ろしている。大人げない。

　それもそうでした。

倒れた兵士達に駆け寄ると、耳打ちをするようにそっと囁いた。

倒れた兵士たちには、特にそれ以上の悪感情を抱く様子もなく弓を収める。

得体のしれない獣人の少女に目を見開くも…

カクサシャカイについて笑顔で首を傾げた！