おじいちゃん、おじいちゃーん。
ねぇきいて、すごいの！レフィーンお姉さまと、リュートがね、今度ね———…


———…
ねぇ、どうしたのおじいちゃん、ねぇねぇ、ねぇってば———…





ねぇ…、どうしてなにもいってくれないの？






———…

—…

なんで。
…　　　…、　…なんでそんなかおしてるの？
おじいちゃんは、つよいから、すごくつよいからないたりしないって、　　　そうなんでしょ？

だから、そんなかお、　しない…、で…









…　なぁに？


うん、　　　　うん…　、　、
———…　なに、これ…

これ、これ———…　おとうさんがもってたおかあさんのネックレスでしょ？
なんで、　おじいちゃんが、これ、　　もって———…





やだ
いらな———…　、　そんなのいらない！！！
はなして！はなしてよ！！！
おとうさんは！？おとうさんはどこ！？
かえってきたんでしょ！？ ねぇ…　、





かえってきたって　いってよ





*





夢をみていた。
薄暗い小屋の中、少女は薄く開かれた瞳を何度か瞬かせた。

夢のなかでみた光景は、そう、あの時———父が旅先で死んだと、遺品であるネックレスが届けられた、あの時のまま。
椅子に坐した祖父の背が、とても小さく感じられた事も。
悲しみに耐える様に身体を丸めたその姿は、後ろから見ると首が無い様に見えた恐ろしさも。
壁にかけられた、会ったことのない母と祖母の写真に、妙に不気味さを感じたことも。
全て、全てあの時のまま。

なぜこんな夢をみたのだろうと思うが、その思考はすぐに襲ってきた頭痛のために遮られた。
小さく呻きながら額に手を当て、身体を起こす。
ようやく目が慣れてきたのか、どうやら自分が小屋の中に居るらしいことを認識し、呆けた様な顔で周囲を見渡した。
そこから、自分の置かれていた状況を思い出したのか、少女が小さく息を吞む音がする迄には、暫くの時間がかかった。
宙を彷徨うばかりの少女に視線が、少し離れて倒れている男に向けられるにはそこから更に時間を要した。
戸惑うように瞬いてから、這うようにして近づく。
血の匂いに目と口が開いた。


「———…、あ　　、あの。」


恐る恐る声をかけてみる　—————返事が無い。


「あ、あのっ、　もし…。」


肩に手をかけて身体を揺する。
体格からして男だろう。
男は自分よりかなり大柄だったが、膝をつき力を込めて少女は男を仰向かせた。
僅かに男が呻いた。
それと共に耳に入った動物の小さな鳴き声のような音に首を傾げたが、どうやらそれは男の腹から鳴っているようだった。
血に濡れた服に、少女は背筋が凍った。
まさか自分の為に命に関わる怪我をしたのではないかと、少しだけ逡巡するように俯いた後に、服をはだけさせ身体を検めた。

服は雪に濡れていて、男の身体はなお冷たかった。
この土地の者では無いことは一目でわかった。
この極寒の地の気温を無視したような服装に、なんと無謀な人なんだろうと呆れの気持ちを覚え、改めて男の顔を覗く。
自分とそれほど歳は変わらないように見えた。
なぜこんな場所に一人でこの人はいたのだろうと、相手も当然思ってもおかしくない疑問を浮かべながら、何処からか血が流れていないかを確認する。
左手に狼の咬み傷のような痕を見つけたが、どうやら傷はどれだけのようで、少女は安堵し肩を落とした。





*





「よかった———…。」


男が目を覚ましたのは、少女が身体を温める為にとスープを作っていたところだった。
少しだけ泣きそうな声で、少女は男の顔を覗き込んだ。
小屋の中央でや火が焚かれ、小さな缶の中で煮えているスープからは食欲をそそるような心地よい香りがした。
男の左腕は雪を溶かし、沸騰させた水で洗われ、包帯が巻かれている。
自らの上にかけられたブランケットや少女の分厚い上着に身体を起こした男は一瞬目を奪われてから、男は感謝の意を述べた———と同時に、大きく腹が鳴った。


「もうすぐできますから、もう少し待っててくださいね。」


小屋の中に響いたその音に、安堵もあったのだろう、少女は柔らかな笑みを浮かべた。





*





目覚めた男は良く食べた。

「あ…　、あの良かったら私のぶんも、どうぞ。」

あまりの食べっぷりに少女はしばらく口をぽかんと開けていたが、まだ男が食べたりなさそうにしている雰囲気を感じて自分の皿を差し出した。
男は少しだけばつの悪そうな顔で皿を受け取ったが、空腹には勝てなかったらしい。
差し出した食事も全て胃の中に収めると、満足そうに笑った。
男の歳は知らないが、笑うと男の顔は随分と子供っぽく見えた。


男が頭を下げて食事の礼をすると、少女は慌てた。

「いえ、こちらこそ、助けていただいて…、その、怪我まで。」

申し訳なさそうに手当てした男の左腕へと視線を向ける。
痛みは無いですか？と問うと、男は「このくらい平気。」とまた笑ってみせた。
よく笑う人だ、と少女は思った。
この男の様な、誰かの屈託ない笑顔は久しぶりに見るかもしれない。
その笑みに助けられながらも、少女の肩は落ちる。
なぜ、一人であんなところにいたのかと問われ、抜ける息と共に頭が垂れた。
手の中に収められた紅茶のマグカップ、その水面は歪んだ顔を映す。

「わ、私は…、亡くなった　　祖父の、仕事を…　　　引き継いで———…」
















ほんとうに？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　できるとおもってるの？
　　　　　　力があるわけでもない
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　聡明であるわけでもない
　　ごく普通の女の子でしかないお前に。





「あ　　　　あの…、」

言葉は、続かない。


頭の中で、狼の唸り声が聞こえた。
血に濡れた牙、食い荒らされた臓物、激しく揺れる白と灰の世界。
———男の、左腕。


ぎり、と歯が鳴った。
男との距離では、捉えることが難しい程小さく、小さく唸るような声が漏れた。

























知ってたんだ、おじいちゃん。
おじいちゃんは、私を大事に、大事にしてくれて
本当に、可愛がってくれたけど。




本当は、ちょっとだけ、がっかりしてたって。








ごめんね。
ごめんなさい。


*



*

*
*



*



*

*







*

兵士を前に、少女は震えている。

人との争いを前に、ひどく怯えているようだ。

端から正式な名を呼ばれ、驚いたようにそちらを見た。
旅の連れの服を引っ張るその少女は、赤髪の青年を知っている様子だ。

視線に気付いたのか木の陰を覗き込む。

驚かせないためなのか小声で鳴いた。

アールも同じように首をかしげる。
山奥からでたばかりの彼は、この辺りで起こってる事が全く見当がつかず、きょとんとした目を少女に向けた。

手紙を受け取りながら、小さな鳥の眉間をからかう様に、
くすぐる様に人差し指で撫でようとする。
それから丁寧に文を開くと、一文字一文字を愛おしそうに眺めている。
しかし、視線が文の下へと流れる度に表情は曇る——

ブラブラと歩いていた先に、どこかで見覚えのある姿を見つけ、
ジャックは笑みを浮かべながら大股で近づいていった。

ともすれば馴れ馴れしく声を掛け、自然な動きで背を屈めて腰を抱き寄せ、
顎に手を添えて上向かせ、その顔を覗き込む。

そう言うとゆったり顔を近づけ、白い頬へと口付けを落とした。

銃を握る手は小さく震えている

アールは槍を二人の男に向かって構えた

少女は慌てている。

呆れ顔で溜息をひとつ吐くと、ブラックは目の前の少年と少女に向き直り笑みを浮かべた。

少女に破顔した笑みを向け、対して少年には挑発的な笑みを浮かべる。