■星屑の小川にて：戦闘後

「ちょっとばかし川沿い歩いとるだけで、人魚があんだけ釣れるてな。網でもかけたらエラいことになりそうや」
　溜め息と共に身体をほぐす。
　私、墨染佐久呂の生来というのは、決して争いごとに向いているわけではない。
　多少なりと先陣に居座っていられるのは、それは、これまでに口にしてきた戦果の賜物だろう。
　消化しきればそれまでの。
　ただの肉は、この身にならない。
　この身が、人形であるがゆえに。

　人魚の、肉か。
「…不死は間に合っとるんやけどな」
　今後を思うのならば、食らっておくべきなのだろう。
　左手を使いに走らせる。
　ぱたぱたと駆けていく人形を一間眺めて。
　…あいつ、川に流されたりせェへんやろな。

「まぁ、最初の実戦だから、こんなものだよね」
　振り返ると、常時座ったきりの座敷童がよいこらしょ、と輿に戻っていくところだった。
　…どうするものかと、案じていないわけではなかったのだが。
　どうということも、ないのか。
　いざともなれば、その首ひっ捕まえて、籠に放り込まなければならないかすら思っていたが。
　特に、頼まれてもいないことまで、気を揉む必要はないか。と思い直す。
　正座の恨みも晴らしてないし。
　思い出したら、腹立ってきたし。

「お疲れ様ー！　河原は声が通って気分いいねーっ♪」
　くるりと振り回すマイクスタンドが煌めいたかと思うとぱっと消えた。
　トーカ、彼女の印象は着こなす衣装も相まって、手品師めいている。
　伸びをする様からも、躍動感が溢れている。
　しなやかに伸びた手足、細く引き締まった手首足首腰周り、若々しさと女性らしさを不足なく、また十分すぎるほど主張する胸に、造りそのものはもちろん何割か増しで可愛げを魅せる豊かな表情。
　若い、なぁ…としみじみ思うのは、私というものの歴史が、一年、二年と刻むことに飽きる嵩を積んできたゆえか。
　あるいは、だ。

「やれやれね〜…調整不足、というより環境不測だわ、今できるのは、と…」
　周囲に展開していた謎の機材が彼女の手元に回収されていく。
　一息つく間もなく、何やらの作業にかかっている様子は、間延びした発言とは裏腹に手早く無駄ないように伺えた。
　…黒髪の色艶は手入れが行き届いている。ように見える。
　肌の張りも同様に、瑞々しさを保っている。ように見える。
　先のトーカとの比較のせいか、貫禄を見てしまうのは、知的な表情のせいか、知的さを演出する白衣のせいか。
　はたまた。
　…歳のせいか。と言えない気にさせる貫禄のせいかな。

　
■奥座敷にて：回想

　私が連れてきた三人娘。
　彼女らは各々、よい見目だけでなく、よい性質を持っている。
　ゆくゆくどの道を往くのか、屋敷との関わりを保つのかは彼女ら自身の選択にまかせるとしても、この世界を私が見て回る間の協力者としては申し分ない。
　願わくば、よい関係が築ければよいのだけども。
　頭、撫でたいし。

　ユーグが連れてきたセロという男。
　花の手入れなどを管理するという、庭師、と思えばよいのか。
　物静か…静かすぎる、野を愛するあまりに人を遠ざける性質が備わった…ように伺えるものの、人嫌いと称するほどの棘は感じない。
　謎めいている。
　ユーグと同様に。
　複雑な男ばかりがいるというのも、何というか、何だというのか。
　…こきつかいにくい。

　サルの案内で最後にやってきた、マナカという女性。
　これもまた、捉えどころがない。
　正確に言うならば、捉えようとする間なく。
　ユーグが噛み付いた。
　としか言いようがなかった。
　私にわかったのは、彼女はこちらに協力することで互いに利があると考えており。
　科学者であり。それに納得するだけの理性を持ち合わせており。
　ユーグも若いなぁ、ということと。
　彼女の歳がわからない、ということくらいなもので。
「なぁ。何て呼んだらエエ？」
　歳の頃合を知る探りのつもりが、なかったとは、言えない。
「真那霞ちゃんでもいいわよ〜」
「わかった。先生って呼ぶことにするわな」

　共に行動する間に、わかることも多々あるだろう。
　わからないことも、もちろんあるだろうが。
　…いくつやねん。とでも言えばよかったのか。

　わかりあうことばかりが、よいというものでもない。
　それでも、他者の思いにこの身が近くあればよいと思うのは、
　この身が、人形であるがゆえだろうか。

　
　　　　　　下らなそうに笑って、右手に魔術力場を形成した。