まだ空が白んできたころ。
木立に囲まれた和風の屋敷の周りを、人影が一定のペースで走る。
【花屋敷】に所属してから然程日は経たないが、それがカルルカレンの朝の日課である。

例え魔獣と言えどもその根っこは犬。
ゆえに、毎日の運動欲求は避け難いのである。
ついでいうなら、家系的には門番よりハンターとしての素養に優れた一族として生まれた身、例え人間の姿でも、三日三晩程度は走り続けられるのが当然とされる。
それだけに、日々の研鑽は欠かせないのだ。

木々から立ち上る湿り気を帯びた空気の中を歩けば、火照った体に心地よく。
いまだ真夏の太陽も昇らぬ過ごしやすい時間だけに、ふとそうだ、今のうちに雑用を済ませてしまおうと踵を返す。
行く先は、手入れが足りず、森との区別の曖昧な庭先。


少し開けた庭、らしき場所まで歩みを進めれば、そこに先客がいたことに気付き足を止める。
こんな時間に他人がいるとは想定していなかった。
これがお嬢様ならば、むしろ後ろから驚かしざまに抱き着くところであるが、それとは全く逆の、むしろ接点がきわめて薄い相手である。
こちらの認識で言えば、「庭師兼レンジャー」の寡黙な男である。
どちらも人間以外を相手にするだけに、それが2つも重なっていれば口数は少なくなろうものだ。

だが、丁度いいといえば丁度いい。
目的の触媒について、おそらくこちらより詳しい相手がいるのだから、知恵を借りるべきである
意を決し、踏み出して

庭木相手に鋏を動かしていた手が止まり、怪訝ながらも振り返り「おはよう」と返ってくることに、内心ほっと安堵の息を吐く。
良く考えれば、周囲に誰もいないような状況で向かい合うのは初めてだ。
やや眉根を寄せた、気難しげな表情を常とするだけに、あまり積極的に接点を作れる相手でもなかった。
年齢的には、多分そうは離れていないはずなのだが、それでも男女の体格差には少し押されるような圧力を覚える。

「それで」用事と言うのは？　と続くのだろう言葉に、慌てて我に返り、2つ3つ、薬草の名前とその形状を伝え、これらが欲しいのだけど生えている場所は知っていますか、と続ける。
珍しいものではないが、本来春に良く繁茂する種類だ。
時期外れではあるが、目的の精霊を呼ぶには必要なものである。
旅に出て、戦闘にエンブリオを活用することがわかっていれば、収穫してあるものを棺桶に入れて持ってきたのだが。

心当たりがあったようで、頷くと元は花壇であったろう盛り土に歩み寄り、眉を顰めて、手で触れながら確認していく。
……もしかすると、目が悪いのだろうか？
気難しい顔も、眼鏡が合ってないから？
そんなことを考えながら、尻尾で地面をぺしぺし鳴らしていると、程なく触媒の薬草を一式揃えてくれていた。
手慣れたものだ。
軽く礼を言うと、踵を返し、着替えるために屋敷へと足を向ける。
途中、振り返ってみれば、また庭木を整える作業へ戻っていた。


どうにも、脛に傷がありそうな立ち振る舞いだというのに、言葉が足りなくてさっぱりわかりません。
そんな胡散臭い、花屋敷メンバーの一人に心の中で評を下しつつ、冷えた体を温めなおすように小走りで屋内を目指した。
これにお嬢様から花を貰えば、使い魔召喚の準備も整う。

今日はメンバーの別行動もあり、なんとも忙しくなりそうだ。

兵士は聞く耳をもっていなそうだ！

ユーグはいつも以上にツグミの手を固く握っている

倒れる兵士には見向きもせず、歩き始めた