この小僧を村から連れ出して2週間ほどたったか。
二人で民家に土下座しながらなんとか泊めてもらいつつ、
私達は目的の一揆組織のキャンプに到達した。

とにかく多い。2000人以上いくんじゃないか？
思ったよりも組織化されているようで、
キャンプの外側には小さな路市のようなものも開かれていた。

『異世界民は帰れ』という横断幕にお迎えされつつ、私達は市場を回る。
とは言っても、小僧の小遣いを民家に撒いたので既に路銀はないのだが。

「オネーサン、寄ってらっしゃい！いい武器アルヨ！」

独特な言い回しの辮髪商人が手招きをする。
この世界とは違う衣服なのだがなんとなく軍人らしい雰囲気は伝わるようだ。

「こちらの刀なんてオススメヨ、切れ味違うネ！
　刃買うなら、塗るための毒もお安くしとくアル！」

しきりに単価の高そうなクレイモアを勧めてくるが、
私は自分で日本刀を持っている。
まぁ儀礼用の模造刀だったものが、こっち来て何故か本物になったやつだが。

しかも、これは主武器の候補の一つだ。出来れば銃の方がいい。
さらっと並べているものだけを流し見していた所に、
真空パックの様に見える小さな袋が2、3つ端に積んであった。

「店主よ、あの袋は何だろうか？」

実は袋の中身よりも空気を抜く技術の方が気になったが、とりあえず聞いてみる。

「ああ、あれは爆発する竹の粉アル。管理しやすいからたまに頼まれるネ。」
「爆発する、竹の、粉……？」

今回初めてファンタジーな物に出会った気がする。
興味を持ったので、私は店主の説明を聞くことにした。


◇◇◇


——1日後。

私達は青空の下、面接のために順番を待っていた。
書類を提出したのは昨日なのだが、
俄然人数が多く捌き切れないようだった。
私はむしろ昨日のうちに1000人捌いた面接官の手腕を褒めたい。

「次の方、どうぞ〜。」

鈴の音のような軽やかな声が響いた。
小僧がびくびくしながら私の袖を掴む。私の責任者はお前だろうが。
小僧の手を引っ張って面接小屋に足を踏み入れた。

「1275番の方、そちらの椅子にかけてください。」

麦わら帽子を被った赤髪の女性が微笑みかける。
とても愛嬌のある、可愛らしい笑みだ。

「初めまして、私はルリアンナ。
　この一揆を影でサポートする参謀よ。
　ルリでもアンナでも、好きに呼んでね。」

成程、自ら参謀と名乗るということは
組織を実際に取り仕切るのはこの女性ということか。
ルリアンナと名乗った女性は、手元にある書類を流し見している。

「ふむふむ、責任者はメルンテーゼに住むミハイル君なのね……。
　隣は保護者の方？」
「普通は保護者の方が責任取るんじゃないんですかね。
　まぁ書類上、この世界の住人を責任者にしているだけです。」
「実際は貴女が代表だと？」
「そう考えて頂いて結構です。」

ルリアンナは軽く頷いた後、赤鉛筆で書類に印をつける。
そして少し首を傾けた後、口を開いた。

「……ミハイル君、ここ、苗字の欄にドラゴミーノフって書いてあるんだけど、
　まさか君、ドラゴミーノフ商会の息子さんじゃないわよね？」

ルリアンナの言葉を聞いて、小僧がびくりと肩を震わせた。

「今ね、ドラゴミーノフ商会の息子さんを探しているのよ。
　何が理由かは分からないけれど、家出しちゃったらしくてね。
　奥様は連日泣き崩れていると聞くし、会長さんも憔悴なさってて。」
「おい小僧、少し面を貸せ。」

ルリアンナに一言断ってから、
顔色の悪い小僧の首根っこを掴み、部屋の端へ移動する。

「家出とはどういう事だ！？親に話を通していないのか！？」
「言えるわけないじゃないですか！大体、親の許可なんて必要ないでしょう！？」
「成人するまでは必要だ馬鹿！誰の金で飯を食っているか考えろ。」
「そうは言っても、もう引き返すの無理ですよ！？」

子供とはいえ、社会認識の浅さにクラクラする。
このまま小僧を突き出して家に帰すのが本来取るべき道だろうが、
こいつを返してしまったら私はどうなるのか。
元の世界に帰る事が可能だろうか。

私は、小僧の戦略目標を達成することが、
元の世界に帰る最短の道だと今のところ考えている。現在でもそれは変わらない。
この召喚システムがどれだけ小僧に依存しているのか不明だし。

いくら道徳に反していようとも、今は小僧を帰すわけにはいかない。
帰せば自分の活路を絶つかもしれない、そう私は判断した。

「話し合いは済んだ？」

人差し指で机を小刻みに叩きつつ、ルリアンナが問いかける。
若干イラッとしているのが読み取れた。

「……失礼、席に戻ります。」

さらに顔が蒼くなっている小僧を連れて席に着く。
とりあえず状況を理解するために、彼女から話を聞くことにした。

「ルリアンナさん、参考までに少しお伺いしたい。
　ドラゴミーノフ商会とこの組織とはどういう関係なのですか？」
「大口のスポンサーなの。
　わりと気前よく融資してくれるから、助かっているわ。
　ホラ、私達のような組織団体だとなかなか貸してくれる両替商がなくて。」

スポンサーかよ……。
しかも金融業で大型融資とか、小僧の実家はどんだけ奮発してんだ。

「正直な話、台所は火の車なの。信用は落としたくないのよ。」

間接的に『金ヅルの息子は帰せ』と言われているのだが、
私としてはここで引くわけにもいかない。頭をフルに回転させる。

「取引先の息子さんが行方不明であることは、とても残念に思います。
　私は、一刻も早く見つかる事を心から祈っています。」

そう言いつつ、道具袋から一つの腕時計を机の上に置いた。黄金色が眩しい。
ルリアンナの視線もつい腕時計に奪われる。

「しかしね、
　問題はその息子さん本人である事をどう立証するかだとは思いませんか？
　親とて偽物の子供を差し出されても困るでしょうに。」
「え……ええ……。」

生返事をするルリアンナの手に黄金の腕時計を持っていき、
力のない指にそれを握らせる。

「ルリアンナさん、捜索について出来る事があったらいつでも言ってください。
　私達はいつでも貴女に協力しますから。」

私は腕時計を持ったルリアンナの手の上から、
自分の掌を重ねて力強く握った。
ルリアンナの目の色が戸惑いから変わってゆく。

「……お願いするわ。これからも一緒に頑張りましょうね！」
「はい！」

力強く微笑む女二人。
一方小僧は、真っ白い顔で事の成り行きを見守っていた。

◇◇

部屋を出たとたん、小僧が開口一番言った言葉はこうだった。

「酷い買収を見ました……。」
「元はといえばお前のせいだ。
　今後はこんな事がないように、しっかり根回しをしておけ。」
「それにしても、あんな金ぴかの時計なんで持っていたんですか？」
「捕獲された時の現地民との取引用。
　なぁに、うなる位金を持っている奴が地位を買うために寄越した物だ。
　異世界に落としてもバチは当たるまいよ。」

見合い相手から初対面で貰った、
下心ありありのロレックスの純金腕時計がこんな所で役に立つとは。
変な縁も供養できて一石二鳥というものだ。

私は苦笑しつつ、ルリアンナの推薦状を持って次の場所へ向かった。


◇◇◇


指示された場所には、沢山の人がつめていた。
ボロボロのコルクボードに張り紙がしてある。

『実戦試験　昼の部：1201-1500』

300人単位の予定を1行で書くか。
まぁ昨日一日で1000人通過したらしいから、こんなもので良いのだろう。
しばらく小僧と雑談しながら待っていたら、
急いだ様子でルリアンナが入ってきた。

「遅れちゃってごめんなさい！
　これから1201番からの実戦試験を始めるわ。
　ラルフ！ラールフー！！いまこっち来れるー？」

ルリアンナが呼び出すと、熊のような隻眼の大男がこちらに向かって歩いてきた。
若干息が上がって苦しそうなのは気のせいだろう。

「おうおう……しかし今日も増援が異様に多くないか？」
「え？そんな、私何もしてないよー。うん、何もしてなーい。」
「あからさまに何かしてそうじゃないか……そろそろ倒れそうだぞ俺……。」

ルリアンナは意に介すこともなく、1201番から準備をしはじめる。
多少すすけて見えるラルフという男を見守りつつ、私は順番を待つことにした。

◇◇

暫くした後、私の番号が呼ばれて訓練場に足を運ぶ。
そこには、よれよれになったラルフが待ち構えていた。
私はむしろ、まだ二の足で立っている事を褒めたい。

「随分待たせたが、腕試しだ。
　ネクターも多くないが……何より、無駄な怪我人は減らしたいからな。」

そう言って拳を突き出す。本当にご苦労なことである。

「貴方の力……見せてちょうだい！十分な実力なら、ネクターを預けるわ。」
「我が君！頑張ってくださいね！」

小僧はちゃっかりルリアンナの横で傍観していた。
戦闘で変にやる気を出されても困るので、そのままの方がいいのだが。
渡された資料をラルフが斜め読みしている間に、私は首や肩を軽く回しておく。

「手加減なんて生意気なことすんなよ？」

読み終えた資料を下に置き、ラルフは指を鳴らす。

「武器はどうした？まさか素手ではあるまいな？」
「俺の武器は、この鍛えられた拳だっ！」
「そうか。実戦形式で、もう始めてもいいかね？」
「勿論だと……」

ラルフの返答が終わる前に脚の内部枝を撃つ。
何が起こったのか分からず他3人が固まっているうちに、射程距離を取った。

「撃つのはええよ！」
「実戦形式なんだろう？君等の世界はまだ合戦方式なのか？
　これ不正規戦の訓練ではないのかね？」
「というか、お前素人じゃないな？誰だよ本職連れてきたの！？」

思い切り小僧は視線を逸らし、ルリアンナはてへぺろをやっていた。

「大体、何だその銃。紙には竹銃って書いてあったぞ！？」
「銃弾の先に竹の粉を詰めてある。
　竹を使えば区分が竹銃だと書類渡してくれた男が言ってた。
　世界が違うのだから、文明についてケチをつけても意味がなかろう？
　弾はちゃんと貫通したようだし、とりあえず脚二つは潰しておくよ。」
「ちょっと待て！俺を殺しにかかろうとするな！」

失礼な、殺すつもりなら最初から頭を狙っている。
とりあえず待てと言われたので、
私はもう片方の脚に合わていた銃の照準を外した。

「いいか、これは実戦試験だから攻撃・防御両方の適性を見なきゃならん。
　だから一方的に距離取るんじゃなくて俺にも殴らせてくれ。」
「手加減なんてするなって言うから……。」
「本職は対象外だ。様式美を大切にしてくれ。」
「そうですよ！我が君、正々堂々戦いましょう！」
「……ちょっと外野は黙っててくれんか……。」

正々堂々戦わないなら、物陰に隠れて狙撃やってる。
そう言い返そうとしたが、
ラルフが目にみえて疲れていそうだったので止めておいた。

ここから先は消化試合の如く、一発撃っては攻撃を受けてを繰り返した。
肩に銃弾を受けて倒れた時ラルフが放った、
「本職なら最初から言えよ」という言葉が印象的だった。

訓練が終わった後に、ルリアンナからネクターを受け取った。
小僧が嬉しそうに袋に仕舞う中、私はふとした疑問を投げる。

「ルリアンナさん、装備を整える予算はどうしましょう？
　こちらは異世界人と子供で金がないので、何も買えないのですが。」

流石に私の持つ貴金属にも限度がある。
出来るだけこの世界の通貨を市場に流した方が経済としては健全だし。

「うーん、ごめんなさいね。
　いろいろ考えたんだけど、責任者の居ない人にお金は渡せないかな？
　異世界人の身元を保証するだけでも結構予算がかかるのよ。」

にこやかに答えるルリアンナ。
『コネを潰すわけだから待遇に文句を言うな』という本音が透けて見える。
露骨に買収をやった身としては、そう贅沢も言ってられない。

「魔王軍属の敵を倒してくれたらちゃんと出来高で報酬払うから、
　それまではそちらでやりくりしてくれる？」

ブラックにも程がある。
社会保障というものがどれだけ有難いか骨身に染みつつ、
私達は訓練場を後にした。



To Be Continued......