2日目 猫の貴族とアニマのアール（後編）

　
　(昨日の続きが書かれている）
　そういえば、この世界へくるためにぼくはすごい経験をした。
　海だけでなく「世界も渡る」経験をして。
　この話はいつか、別の時に書こうと思う。
　ともかく、世界を渡ってやって来たこの国は、全く、なにもかもが違う世界だった。
　エンブリオというのもそうだ。
　生き物だけど、今までにぼくの町へやってきたどこの誰よりも違うと思う。
　精霊とか、妖精が本当にいたら、きっとあんなかんじなんだろう。
　でも、それを男爵に言うと、男爵は「精霊も妖精も別にいるよ」というので、いつか会ってみたいと思う。
　
　男爵もエンブリオについてはよく知らなかったらしい。
　そしてこの世界は男爵が事前に知っていた話とは違って、大変らしい。
　その大変なことを解決するためにはちょっと荒っぽいことをしなきゃいけないらしい。
　よせばいいのに、男爵も巻き込まれていったんだ。
　その理由はこのエンブリオのためなんだ。





　この世界に渡って何日か経った。
　これまで、男爵が調べてきた情報では、王様が変わって慌ただしいということだった。
　今日もまた、男爵は街へと出かけて行き、夕方には帰ってきた。
　途中で雨が降っていたようで、男爵が身震いをすると、水粒がパラパラと飛んだ。
　いつも「貴族らしく」とか言っているのに、そんなことをするからとてもおかしい。
　ぼくがくつくつと笑っていると、男爵は「何がおかしいんだね」と一言ぼやいた後、キタマヘと言った。
　だけどこの部屋は東西に部屋がわかれているだけで北には部屋がないはずだ。
　とにかく、そのキタマへが何かわからなかったけど、それよりびっくりしたのは悪魔みたいなのが出てきたからだ。
　悪魔を見たことがないけど、絵に書いたらきっとこんな風になるだろう、と思った。
　「……」
　何かを言ったようだった。
　「……」
　「えっ」
　「……」
　「えっえっ」
　「彼は『自分はアールヤバタだ』と言っているんだ」
　「あ、ありがとう。ぼくはクヒナです」
　怖そうな雰囲気とは逆に、なんだかやりとりは普通だった。
　それにしてもあーるやばたは長すぎる。
　「……」
　「彼は『アールでいい』といっている」
　ぼくは、なにからなにまで読まれているみたいでちょっと困った。
　だけど、僕の気持ちなんて関係なく、話は続いた。
　「彼、アール君は追われているそうだ、雨が降ってきたので屋根を貸そうと思ってね」
　「追われている？誰に？」
　「王族」
　「盗賊？」
　「いや、王族だ」
　どうも聞き間違いじゃなかったみたいだ。
　「どうも彼の持っているこの紅い花、ネクターと呼ぶらしいのだけど、これを奪おうとしているらしい」
　「王族が？」
　「うん、正確には新しい王様が、だ。そしてその指揮下の軍隊に遠縁のおぼっちゃまでもいたのだろう」





　 その後、ぼくらはいろいろな話をした。とはいっても、ほとんど男爵とアールが話していたのだけど。
　アールはお世話になっていた主人が居なくなってからメルンテーゼ中を主人を探してさまよっていたらしい。
　そしてその途中に襲われたのだと言った(この辺りからようやくぼくにも聞き取れた)
　一方、ぼくらは男爵が旅を続けていること、男爵とぼくと出会ったこと、そしてこの世界にたどりついたことを語った。
　そして、みんな黙った。
　男爵は滑り出し窓を開けて「やあ、あがったね」と言った。
　そういえば雨なのに上がるってどうしてだろう。
　「それで、君はどうするんだい」男爵がアールに問いかける。
　また、沈黙が続く。
　「できるなら……ついてきて欲しい」
　「どこへ？」
　「わからない」
　アールは人を探してさまよっていたのだ。
　きっと次のあてがないのだと思う。
　本日三度目の沈黙。





　「我輩は、そろそろこの街を出て移動しようと思う」
　沈黙を破ったのは男爵だった。
　「ここから少し離れたところに王に対して蜂起しようとする集団がいる」
　ホウキってなんだろう。掃除道具ではなさそうだ。そう呟くと男爵は「反乱のことだ」と答えた。ちょっとブッソウだ。
　「そこでは、蜂起する人材を募集している、そのネットワークに乗りかかって旅を続ければ情報が得られるかもしれない」
　アールは男爵を見た。ぼくも男爵を見た。本気だろうか？本気なのだろう。
　男爵はぶっきらぼうに見える時もあるけども、なんだかんだと言って手を差し伸べるんだ。
　ぼくは目を白黒させた。(もちろん、実際に色が変わったわけじゃない)
　アールは「ありがとう」と言った。
　やっぱり小さな声だったけど、嬉しそうだった。





　男爵はひげをぴくりと動かしてから言った。
　「少年、明日からは少々忙しくなるぞ」
　ぼくは「うん」とだけ返した。
　それにしても反乱だなんて！